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翻訳【14】

執取についての問いの経

「友よ、サーリプッタよ、『執取』『執取』と説かれます。友よ、いったい、まさに、どのようなものが、執取なのですか」と。「友よ、四つのものがあります。これらの執取です。欲望への執取であり、見解への執取であり、戒や掟への執取であり、自己の論への執取です。友よ、まさに、これらの四つの執取があります」と。「友よ、また、〔聖なる〕道は存在しますか、〔実践の〕道は存在しますか⸺これらの執取の捨棄のための」と。「友よ、まさに、〔聖なる〕道は存在します、〔実践の〕道は存在します⸺これらの執取の捨棄のための」と。「友よ、また、どのようなものが、〔聖なる〕道であり、どのようなものが、〔実践の〕道なのですか⸺これらの執取の捨棄のための」と。「友よ、まさに、まさしく、この、聖なる八つの支分ある道です⸺これらの執取の捨棄のための。それは、すなわち、この、正しい見解であり、正しい思惟であり、正しい言葉であり、正しい行業であり、正しい生き方であり、正しい努力であり、正しい気づきであり、正しい禅定です。友よ、まさに、これは、〔聖なる〕道です。これは、〔実践の〕道です。これらの執取の捨棄のための」と。「友よ、幸いなる〔聖なる〕道です、幸いなる実践〔の道〕です⸺これらの執取の捨棄のための。友よ、サーリプッタよ、また、そして、不放逸たるに十分なるものがあります」と。〔以上が〕第十二となる。

注釈【0】