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翻訳【13】

最高の安堵に至り得た者の経

「友よ、サーリプッタよ、『最高の安堵に至り得た者』『最高の安堵に至り得た者』と説かれます。友よ、いったい、まさに、どのようなことから、最高の安堵に至り得た者と成るのですか」と。「友よ、すなわち、まさに、比丘が、六つの接触ある〔認識の〕場所の、そして、集起を、さらに、滅至を、そして、悦楽を、かつまた、危険を、さらに、出離を、事実のとおりに覚知して、〔何も〕執取せずして解脱した者と成ることから、友よ、このことから、まさに、最高の安堵に至り得た者と成ります」と。「友よ、また、〔聖なる〕道は存在しますか、〔実践の〕道は存在しますか⸺この最高の安堵の実証のための」と。「友よ、まさに、〔聖なる〕道は存在します、〔実践の〕道は存在します⸺この最高の安堵の実証のための」と。「友よ、また、どのようなものが、〔聖なる〕道であり、どのようなものが、〔実践の〕道なのですか⸺この最高の安堵の実証のための」と。「友よ、まさに、まさしく、この、聖なる八つの支分ある道です⸺この最高の安堵の実証のための。それは、すなわち、この、正しい見解であり、正しい思惟であり、正しい言葉であり、正しい行業であり、正しい生き方であり、正しい努力であり、正しい気づきであり、正しい禅定です。友よ、まさに、これは、〔聖なる〕道です。これは、〔実践の〕道です。この最高の安堵の実証のための」と。「友よ、幸いなる〔聖なる〕道です、幸いなる実践〔の道〕です⸺この最高の安堵の実証のための。友よ、サーリプッタよ、また、そして、不放逸たるに十分なるものがあります」と。〔以上が〕第六となる。

注釈【1】