読み込み中

翻訳【15】

第一の瞑想についての問いの経

或る時のことです。尊者マハー・モッガッラーナは、サーヴァッティーに住んでいます。ジェータ林のアナータピンディカ〔長者〕の林園において。そこで、まさに、尊者マハー・モッガッラーナは、比丘たちに告げました。「友よ、比丘たちよ」と。「友よ」と、まさに、それらの比丘たちは、尊者マハー・モッガッラーナに答えました。尊者マハー・モッガッラーナは、こう言いました。

「友よ、ここに、静所に赴き静坐しているわたしに、このような心の思索が浮かびました。『「第一の瞑想」「第一の瞑想」と説かれる。いったい、まさに、どのようなものが、第一の瞑想であるのか』と。友よ、〔まさに〕その、わたしに、この〔思い〕が有りました。『ここに、比丘が、まさしく、諸々の欲望〔の対象〕から離れて、諸々の善ならざる法(性質)から離れて、〔粗雑なる〕思考を有し、〔微細なる〕想念を有し、遠離から生じる喜悦と安楽がある、第一の瞑想を成就して〔世に〕住む。これは、第一の瞑想と説かれる』と。友よ、それで、まさに、わたしは、まさしく、諸々の欲望〔の対象〕から離れて、諸々の善ならざる法(性質)から離れて、〔粗雑なる〕思考を有し、〔微細なる〕想念を有し、遠離から生じる喜悦と安楽がある、第一の瞑想を成就して〔世に〕住みます。友よ、〔まさに〕その、わたしが、この住によって〔世に〕住んでいると、欲望を共具したものとして、諸々の表象に意を為すことが慣行となります(瞑想から退失する)

友よ、そこで、まさに、世尊は、わたしのもとに、神通によって近づいて行って、こう言いました。『モッガッラーナよ、モッガッラーナよ、婆羅門よ、第一の瞑想に放逸であってはいけません。第一の瞑想において、心を確立させなさい。第一の瞑想において、心を専一に作り為しなさい。第一の瞑想において、心を定めなさい』と。友よ、それで、まさに、わたしは、他時にあって、まさしく、諸々の欲望〔の対象〕から離れて、諸々の善ならざる法(性質)から離れて、〔粗雑なる〕思考を有し、〔微細なる〕想念を有し、遠離から生じる喜悦と安楽がある、第一の瞑想を成就して〔世に〕住みました。友よ、まさに、すなわち、彼のことを、『教師によって資助された弟子にして、大いなる神知たることに至り得た者である』と、正しく説きつつ説くなら、わたしのこととして、彼のことを、『教師によって資助された弟子にして、大いなる神知たることに至り得た者である』〔と〕、正しく説きつつ説くべきです」と。〔以上が〕第一となる。

注釈【1】