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翻訳【16】

ニガンタ・ナータプッタの経

また、まさに、その時点にあって、ニガンタ・ナータプッタ(六師外道の一者・ジャイナ教の開祖)が、マッチカーサンダに到着するところと成ります⸺大いなるニガンタ(離繋者・ジャイナ教徒)の衆と共に。まさに、チッタ家長は、「どうやら、ニガンタ・ナータプッタが、マッチカーサンダに到着したらしい⸺大いなるニガンタの衆と共に」と耳にしました。そこで、まさに、チッタ家長は、大勢の在俗信者たちと共に、ニガンタ・ナータプッタのいるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、ニガンタ・ナータプッタを相手に共に挨拶しました。共に挨拶し記憶されるべき話を交わして、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、チッタ家長に、ニガンタ・ナータプッタは、こう言いました。「家長よ、あなたは、信を置きますか⸺沙門ゴータマの『思考なく想念なき禅定は存在する』『思考と想念の止滅は存在する』〔という、この言葉に〕」と。

「尊き方よ、まさに、わたしは、ここにおいて、世尊への信(信仰)によって赴くのではありません⸺『思考なく想念なき禅定は存在する』『思考と想念の止滅は存在する』〔という、この言葉に〕」と。このように説かれたとき、ニガンタ・ナータプッタは、見上げて、こう言いました。「貴君たちは、このことを見たまえ。このチッタ家長が、かつまた、真っすぐな者である、そのかぎりを。このチッタ家長が、かつまた、狡猾なき者である、そのかぎりを。このチッタ家長が、かつまた、幻惑なき者である、そのかぎりを。すなわち、諸々の思考と想念を、止滅できるものと思い考えるなら、その者は、あるいは、風を、網で捕縛できるものと思い考えているのだ。すなわち、諸々の思考と想念を、止滅できるものと思い考えるなら、その者は、あるいは、ガンガー〔川〕の流れを、自らの拳で阻止できるものと思い考えているのだ」と。

「尊き方よ、それを、どう思いますか。いったい、まさに、どちらが、より精妙ですか⸺あるいは、知ですか、あるいは、信ですか」と。「家長よ、まさに、知こそは、信よりもより精妙です」と。「尊き方よ、わたしは、まさに、〔自らが〕望む、まさしく、そのかぎりにおいて、まさしく、諸々の欲望〔の対象〕から離れて、諸々の善ならざる法(性質)から離れて、〔粗雑なる〕思考を有し、〔微細なる〕想念を有し、遠離から生じる喜悦と安楽がある、第一の瞑想を成就して〔世に〕住みます。尊き方よ、わたしは、まさに、〔自らが〕望む、まさしく、そのかぎりにおいて、〔粗雑なる〕思考と〔微細なる〕想念の寂止あることから……略……第二の瞑想を成就して〔世に〕住みます。尊き方よ、わたしは、まさに、〔自らが〕望む、まさしく、そのかぎりにおいて、さらに、喜悦の離貪あることから……略……第三の瞑想を成就して〔世に〕住みます。尊き方よ、わたしは、まさに、〔自らが〕望む、まさしく、そのかぎりにおいて、かつまた、安楽の捨棄あることから……略……第四の瞑想を成就して〔世に〕住みます。尊き方よ、まさに、このように知っている、このように見ている、〔まさに〕その、わたしが、どうして、他の、あるいは、沙門への、あるいは、婆羅門への、信によって赴くというのでしょう⸺『思考なく想念なき禅定は存在する』『思考と想念の止滅は存在する』〔という、この言葉に〕(自ら体験するので他者の言葉を信じるまでもない)」と。

このように説かれたとき、ニガンタ・ナータプッタは、自らの衆を顧みて、こう言いました。「貴君たちは、このことを見たまえ。このチッタ家長が、かつまた、真っすぐならざる者である、そのかぎりを。このチッタ家長が、かつまた、狡猾ある者である、そのかぎりを。このチッタ家長が、かつまた、幻惑ある者である、そのかぎりを」と。

「尊き方よ、まさしく、今や、まさに、あなたの語ったものとして、わたしどもは、この〔言葉〕を、このように了知します。『貴君たちは、このことを見たまえ。このチッタ家長が、かつまた、真っすぐな者である、そのかぎりを。このチッタ家長が、かつまた、狡猾なき者である、そのかぎりを。このチッタ家長が、かつまた、幻惑なき者である、そのかぎりを』と。尊き方よ、また、そして、まさしく、今や、あなたの語ったものとして、わたしどもは、この〔言葉〕を、このように了知します。『貴君たちは、このことを見たまえ。このチッタ家長が、かつまた、真っすぐならざる者である、そのかぎりを。このチッタ家長が、かつまた、狡猾ある者である、そのかぎりを。このチッタ家長が、かつまた、幻惑ある者である、そのかぎりを』と。尊き方よ、それで、もし、あなたの前〔の言葉〕が真理であるなら、あなたの後〔の言葉〕は誤っています。尊き方よ、また、それで、もし、あなたの前〔の言葉〕が誤っているなら、あなたの後〔の言葉〕は真理です。尊き方よ、また、まさに、これらの十の法(真理)を共にする問いが、〔あなたに〕やってきます。〔あなたが〕それらの義(意味)を了知する、そのときは、そこで、わたしに反駁するべきです⸺ニガンタの衆と共に。一つの問いがあります。一つの誦説(概説)があります。一つの説き明かしがあります。二つの問いがあります。二つの誦説があります。二つの説き明かしがあります。三つの問いがあります。三つの誦説があります。三つの説き明かしがあります。四つの問いがあります。四つの誦説があります。四つの説き明かしがあります。五つの問いがあります。五つの誦説があります。五つの説き明かしがあります。六つの問いがあります。六つの誦説があります。六つの説き明かしがあります。七つの問いがあります。七つの誦説があります。七つの説き明かしがあります。八つの問いがあります。八つの誦説があります。八つの説き明かしがあります。九つの問いがあります。九つの誦説があります。九つの説き明かしがあります。十の問いがあります。十の誦説があります。十の説き明かしがあります」と。そこで、まさに、チッタ家長は、ニガンタ・ナータプッタに、これらの十の法(真理)を共にする問いを尋ねて、坐から立ち上がって、立ち去った、ということです。〔以上が〕第八となる。

注釈【1】