或る時のことです。世尊は、ナーランダーに住んでおられます。パーヴァーリカのアンバ林において。そこで、まさに、刀師族の村長が、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊を敬拝して、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、刀師族の村長は、世尊に、こう言いました。「尊き方よ、まさに、世尊は、一切の命ある生類たちに利益と慈しみ〔の思い〕ある者として〔世に〕住むのではないでしょうか」と。「村長よ、そのとおりです。如来は、一切の命ある生類たちに利益と慈しみ〔の思い〕ある者として〔世に〕住みます」と。「尊き方よ、そこで、そうしますと、どうして、世尊は、一部の者たちに、丁寧に法(教え)を説示し、一部の者たちに、そのように、丁寧に法(教え)を説示しないのですか」と。「村長よ、まさに、それでは、まさしく、あなたに、ここにおいて問い返しましょう。すなわち、あなたのよろしいように、そのとおりに、それを説き明かしてください。村長よ、それを、どう思いますか。ここに、耕作者の家長に、三つの田畑が存するとします。一つは、至高なる田畑であり、一つは、中等なる田畑であり、一つは、下劣なる田畑で、荒地にして塩気ある悪地です。村長よ、それを、どう思いますか。この耕作者の家長が、諸々の種を据え置くことを欲する者であるなら、どこにおいて、最初に据え置くでしょうか。あるいは、すなわち、この、至高なる田畑ですか、あるいは、すなわち、この、中等なる田畑ですか、あるいは、すなわち、この、下劣なる田畑で、荒地にして塩気ある悪地ですか」と。「尊き方よ、この耕作者の家長が、諸々の種を据え置くことを欲する者であるなら、すなわち、この、至高なる田畑ですが、そこにおいて据え置くでしょう。そこにおいて据え置いて〔そののち〕、すなわち、この、中等なる田畑ですが、そこにおいて据え置くでしょう。そこにおいて据え置いて〔そののち〕、すなわち、この、下劣なる田畑で、荒地にして塩気ある悪地ですが、そこにおいて、据え置くこともまたあるでしょうし、据え置かないこともまたあるでしょう。それは、何を因とするのですか。もしくは、牛の食べるところともまた成るからです」と。
「村長よ、それは、たとえば、また、すなわち、この、至高なる田畑ですが、まさしく、このように、わたしにとって、比丘と比丘尼たちはあります。彼らに、わたしは、法(教え)を説示します⸺最初が善きものとして、中間において善きものとして、結末が善きものとして、義(意味)を有するものとして、文(文型)を有するものとして、全一にして円満成就した完全なる清浄の梵行を明示します。それは、何を因とするのですか。村長よ、なぜなら、これらの者たちは、わたしを洲とする者たちとして、わたしを避難所とする者たちとして、わたしを救護所とする者たちとして、わたしを帰依所とする者たちとして、〔世に〕住むからです。村長よ、それは、たとえば、また、すなわち、この、中等なる田畑ですが、まさしく、このように、わたしにとって、在俗信者と女性在俗信者たちはあります。彼らにもまた、わたしは、法(教え)を説示します⸺最初が善きものとして、中間において善きものとして、結末が善きものとして、義(意味)を有するものとして、文(文型)を有するものとして、全一にして円満成就した完全なる清浄の梵行を明示します。それは、何を因とするのですか。村長よ、なぜなら、これらの者たちは、わたしを洲とする者たちとして、わたしを避難所とする者たちとして、わたしを救護所とする者たちとして、わたしを帰依所とする者たちとして、〔世に〕住むからです。村長よ、それは、たとえば、また、すなわち、この、下劣なる田畑で、荒地にして塩気ある悪地ですが、まさしく、このように、わたしにとって、〔教えを〕他にする異教の沙門や婆羅門や遍歴遊行者たちはあります。彼らにもまた、わたしは、法(教え)を説示します⸺最初が善きものとして、中間において善きものとして、結末が善きものとして、義(意味)を有するものとして、文(文型)を有するものとして、全一にして円満成就した完全なる清浄の梵行を明示します。それは、何を因とするのですか。まさしく、たとえ、まさに、一つの句でさえも、〔彼らが〕了知するなら、それは、彼らにとって、長夜にわたり、利益のために〔存し〕、安楽のために存するからです」と。
「村長よ、それは、たとえば、また、人に、三つの水瓶があるとします。一つは、穴がなく漏れがなく完全に漏れ出ない水瓶であり、一つは、穴がなく漏れがあり完全に漏れ出る水瓶であり、一つは、穴があり漏れがあり完全に漏れ出る水瓶です。村長よ、それを、どう思いますか。この人が、水を貯め置くことを欲する者であるなら、どこにおいて、最初に貯め置くでしょうか。あるいは、すなわち、その、穴がなく漏れがなく完全に漏れ出ない水瓶ですか、あるいは、すなわち、その、穴がなく漏れがあり完全に漏れ出る水瓶ですか、あるいは、すなわち、その、穴があり漏れがあり完全に漏れ出る水瓶ですか」と。「尊き方よ、この人が、水を貯め置くことを欲する者であるなら、すなわち、その、穴がなく漏れがなく完全に漏れ出ない水瓶ですが、そこにおいて貯め置くでしょう。そこにおいて貯め置いて〔そののち〕、すなわち、その、穴がなく漏れがあり完全に漏れ出る水瓶ですが、そこにおいて貯め置くでしょう。そこにおいて貯め置いて〔そののち〕、すなわち、その、穴があり漏れがあり完全に漏れ出る水瓶ですが、そこにおいて、貯め置くこともまたあるでしょうし、貯め置かないこともまたあるでしょう。それは、何を因とするのですか。もしくは、物品を洗い清めることもまた有るからです」と。
「村長よ、それは、たとえば、また、すなわち、その、穴がなく漏れがあり完全に漏れ出る水瓶ですが、まさしく、このように、わたしにとって、比丘と比丘尼たちはあります。彼らに、わたしは、法(教え)を説示します⸺最初が善きものとして、中間において善きものとして、結末が善きものとして、義(意味)を有するものとして、文(文型)を有するものとして、全一にして円満成就した完全なる清浄の梵行を明示します。それは、何を因とするのですか。村長よ、なぜなら、これらの者たちは、わたしを洲とする者たちとして、わたしを避難所とする者たちとして、わたしを救護所とする者たちとして、わたしを帰依所とする者たちとして、〔世に〕住むからです。村長よ、それは、たとえば、また、すなわち、その、穴がなく漏れがあり完全に漏れ出る水瓶ですが、まさしく、このように、わたしにとって、在俗信者と女性在俗信者たちはあります。彼らにもまた、わたしは、法(教え)を説示します⸺最初が善きものとして、中間において善きものとして、結末が善きものとして、義(意味)を有するものとして、文(文型)を有するものとして、全一にして円満成就した完全なる清浄の梵行を明示します。それは、何を因とするのですか。村長よ、なぜなら、これらの者たちは、わたしを洲とする者たちとして、わたしを避難所とする者たちとして、わたしを救護所とする者たちとして、わたしを帰依所とする者たちとして、〔世に〕住むからです。村長よ、それは、たとえば、また、すなわち、その、穴があり漏れがあり完全に漏れ出る水瓶ですが、まさしく、このように、わたしにとって、〔教えを〕他にする異教の沙門や婆羅門や遍歴遊行者たちはあります。彼らにもまた、わたしは、法(教え)を説示します⸺最初が善きものとして、中間において善きものとして、結末が善きものとして、義(意味)を有するものとして、文(文型)を有するものとして、全一にして円満成就した完全なる清浄の梵行を明示します。それは、何を因とするのですか。まさしく、たとえ、まさに、一つの句でさえも、〔彼らが〕了知するなら、それは、彼らにとって、長夜にわたり、利益のために〔存し〕、安楽のために存するからです」と。このように説かれたとき、刀師族の村長は、世尊に、こう言いました。「尊き方よ、すばらしいことです。……略……今日以後、命ある限り、帰依所に赴いた者として」と。〔以上が〕第七となる。
注釈【1】
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