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翻訳【21】

アーナンダの経

そこで、まさに、ヴァッチャ姓の遍歴遊行者が、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊を相手に共に挨拶しました。共に挨拶し記憶されるべき話を交わして、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、ヴァッチャ姓の遍歴遊行者は、世尊に、こう言いました。「貴君ゴータマよ、いったい、まさに、どうなのでしょう、自己は存在するのですか」と。このように説かれたとき、世尊は、沈黙の者と成りました。「貴君ゴータマよ、また、どうなのでしょう、自己は存在しないのですか」と。再度また、まさに、世尊は、沈黙の者と成りました。そこで、まさに、ヴァッチャ姓の遍歴遊行者は、坐から立ち上がって、立ち去りました。

そこで、まさに、尊者アーナンダは、ヴァッチャ姓の遍歴遊行者が立ち去ったすぐあと、世尊に、こう言いました。「尊き方よ、いったい、まさに、どうして、世尊は、問いを尋ねられたのに、ヴァッチャ姓の遍歴遊行者に説き明かさなかったのですか」と。「アーナンダよ、もし、わたしが、『自己は存在するのですか』と、問いを尋ねられ、〔そのように〕存しつつ、『自己は存在する』と、ヴァッチャ姓の遍歴遊行者に説き明かすなら、アーナンダよ、すなわち、それらの沙門や婆羅門たちが常久論者であるなら、この〔答え〕は、彼らの〔主張と〕一緒に成ったでしょう。アーナンダよ、もし、わたしが、『自己は存在しないのですか』と、問いを尋ねられ、〔そのように〕存しつつ、『自己は存在しない』と、ヴァッチャ姓の遍歴遊行者に説き明かすなら、アーナンダよ、すなわち、それらの沙門や婆羅門たちが断絶論者であるなら、この〔答え〕は、彼らの〔主張と〕一緒に成ったでしょう。アーナンダよ、もし、わたしが、『自己は存在するのですか』と、問いを尋ねられ、〔そのように〕存しつつ、『自己は存在する』と、ヴァッチャ姓の遍歴遊行者に説き明かすなら、アーナンダよ、さて、いったい、わたしのその〔答え〕は、随順するものと成ったでしょうか⸺『一切の法(事象)は、無我である諸法無我〔という〕知恵の生起のために」と。「尊き方よ、まさに、このことは、さにあらず」〔と〕。「アーナンダよ、もし、わたしが、『自己は存在しないのですか』と、問いを尋ねられ、〔そのように〕存しつつ、『自己は存在しない』と、ヴァッチャ姓の遍歴遊行者に説き明かすなら、アーナンダよ、等しく迷乱した者であるヴァッチャ姓の遍歴遊行者の、より一層の迷妄のために成ったでしょう⸺『まちがいなく、過去において、わたしの自己は有った。それが、今現在、存在しない』」と。〔以上が〕第十となる。

注釈【1】