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翻訳【16】

穂先の経

「比丘たちよ、それは、たとえば、また、あるいは、稲の穂先が、あるいは、麦の穂先が、あるいは、手で、あるいは、足で、〔目標に〕正しく向けられたなら、到達先である、あるいは、〔他の〕手を、あるいは、〔他の〕足を、破壊し、あるいは、出血させるであろう、という、この状況は見出されます。それは、何を因とするのですか。比丘たちよ、穂先が正しく向けられたからです。比丘たちよ、まさしく、このように、まさに、比丘が、まさに、正しく向けられた見解で、正しく向けられた道の修行で、無明を破壊し、明知を生起させ、涅槃を実証するであろう、という、この状況は見出されます。それは、何を因とするのですか。比丘たちよ、見解が正しく向けられたからです。比丘たちよ、では、どのように、比丘は、正しく向けられた見解で、正しく向けられた道の修行で、無明を破壊し、明知を生起させ、涅槃を実証するのですか。比丘たちよ、ここに、比丘が、遠離に依拠し、離貪に依拠し、止滅に依拠し、放棄に向かわせるものである、正しい見解を修めます。……略……。遠離に依拠し、離貪に依拠し、止滅に依拠し、放棄に向かわせるものである、正しい禅定を修めます。……略……。比丘たちよ、このように、まさに、比丘は、正しく向けられた見解で、正しく向けられた道の修行で、無明を破壊し、明知を生起させ、涅槃を実証します」と。〔以上が〕第六となる。

注釈【0】