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翻訳【17】

第二の〔実践の〕道の経

サーヴァッティーの因縁となります。「比丘たちよ、わたしは、あるいは、在家者の、あるいは、出家者の、誤った〔実践の〕道を褒め称えません。比丘たちよ、誤った実践者である、あるいは、在家者は、あるいは、出家者は、誤った実践を事因とし因とする者であり、正理と善なる法(真理)の達成者と成りません。

比丘たちよ、では、どのようなものが、誤った〔実践の〕道なのですか。比丘たちよ、それは、すなわち、この、誤った見解であり……略……誤った禅定です。比丘たちよ、これは、誤った〔実践の〕道と説かれます。比丘たちよ、わたしは、あるいは、在家者の、あるいは、出家者の、誤った〔実践の〕道を褒め称えません。比丘たちよ、誤った実践者である、あるいは、在家者は、あるいは、出家者は、誤った実践を事因とし因とする者であり、正理と善なる法(真理)の達成者と成りません。

比丘たちよ、わたしは、あるいは、在家者の、あるいは、出家者の、正しい〔実践の〕道を褒め称えます。比丘たちよ、正しい実践者である、あるいは、在家者は、あるいは、出家者は、正しい実践を事因とし因とする者であり、正理と善なる法(真理)の達成者と成ります。比丘たちよ、では、どのようなものが、正しい〔実践の〕道なのですか。比丘たちよ、それは、すなわち、この、正しい見解であり……略……正しい禅定です。比丘たちよ、これは、正しい〔実践の〕道と説かれます。比丘たちよ、わたしは、あるいは、在家者の、あるいは、出家者の、正しい〔実践の〕道を褒め称えます。比丘たちよ、正しい実践者である、あるいは、在家者は、あるいは、出家者は、正しい実践を事因とし因とする者であり、正理と善なる法(真理)の達成者と成ります」と。〔以上が〕第四となる。

注釈【1】