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翻訳【17】

「何を義として」の経

サーヴァッティーの因縁となります。そこで、まさに、大勢の比丘たちが、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。……略……。一方に坐った、まさに、それらの比丘たちは、世尊に、こう言いました。

「尊き方よ、ここに、まさに、〔教えを〕他にする異教の遍歴遊行者たちが、わたしたちに、このように尋ねます。『友よ、何を義(目的)として、沙門ゴータマのもと、梵行が住されるのですか』と。尊き方よ、このように尋ねられ、わたしたちは、それらの〔教えを〕他にする異教の遍歴遊行者たちに、このように説き明かします。『友よ、まさに、苦しみの遍知を義(目的)として、世尊のもと、梵行は住されます』と。尊き方よ、どうでしょう、このように尋ねられ、わたしたちが、このように説き明かしているなら、まさしく、そして、世尊の説いたことを説く者たちと成りますか。かつまた、世尊を事実ならざることによって誹謗していないですか。さらに、法(教え)を法(教え)のままに説き明かしていますか。さてまた、何であれ、法(真理)を共にする、論への批判があり、難詰されるべき状況がやってくることはないですか」と。

「比丘たちよ、たしかに、あなたたちが、このように尋ねられ、このように説き明かしているなら、まさしく、そして、わたしの説いたことを説く者たちとして〔世に〕有ります。かつまた、わたしを事実ならざることによって誹謗していません。さらに、法(教え)を法(教え)のままに説き明かしています。さてまた、何であれ、法(真理)を共にする、論への批判があり、難詰されるべき状況がやってくることはありません。比丘たちよ、まさに、苦しみの遍知を義(目的)として、わたしのもと、梵行は住されます。比丘たちよ、それで、もし、〔教えを〕他にする異教の遍歴遊行者たちが、あなたたちに、このように尋ねるとします。『友よ、また、〔聖なる〕道は存在しますか、〔実践の〕道は存在しますか⸺この苦しみの遍知のための』と。比丘たちよ、このように尋ねられたなら、あなたたちは、それらの〔教えを〕他にする異教の遍歴遊行者たちに、このように説き明かすべきです。『友よ、まさに、〔聖なる〕道は存在します、〔実践の〕道は存在します⸺この苦しみの遍知のための』と。

比丘たちよ、では、どのようなものが、〔聖なる〕道であり、どのようなものが、〔実践の〕道なのですか⸺この苦しみの遍知のための。まさしく、この、聖なる八つの支分ある道です。それは、すなわち、この、正しい見解であり……略……正しい禅定です。比丘たちよ、これは、〔聖なる〕道です。これは、〔実践の〕道です。この苦しみの遍知のための。ということで、比丘たちよ、このように尋ねられたなら、あなたたちは、それらの〔教えを〕他にする異教の遍歴遊行者たちに、このように説き明かすべきです」と。〔以上が〕第五となる。

注釈【1】