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翻訳【17】

内なる支分の経

「比丘たちよ、内なるものを『支分』と為して、七つの覚りの支分の生起のためになるものとして、〔これより〕他に、一つの支分でさえも、等しく随観することがありません。比丘たちよ、すなわち、この、根源のままに意を為すことです。比丘たちよ、根源のままに意を為すことを成就した比丘には、このことが期待できます。〔彼は〕七つの覚りの支分を修めるでしょうし、七つの覚りの支分を多く為すでしょう。比丘たちよ、では、どのように、比丘は、根源のままに意を為すことを成就した者として、七つの覚りの支分を修め、七つの覚りの支分を多く為すのですか。比丘たちよ、ここに、比丘が、遠離に依拠し、離貪に依拠し、止滅に依拠し、放棄に向かわせるものである、気づきという正覚の支分を修めます。……略……。遠離に依拠し、離貪に依拠し、止滅に依拠し、放棄に向かわせるものである、放捨という正覚の支分を修めます。比丘たちよ、このように、まさに、比丘は、根源のままに意を為すことを成就した者として、七つの覚りの支分を修め、七つの覚りの支分を多く為します」と。〔以上が〕第九となる。

注釈【0】