読み込み中

翻訳【15】

第二の沙門や婆羅門たちの経

「比丘たちよ、五つのものがあります。これらの機能です。どのようなものが、五つのものなのですか。安楽の機能であり、苦痛の機能であり、悦意の機能であり、失意の機能であり、放捨の機能です。比丘たちよ、まさに、彼らが誰であれ、あるいは、沙門たちが、あるいは、婆羅門たちが、安楽の機能を覚知せず、安楽の機能の集起を覚知せず、安楽の機能の止滅を覚知せず、安楽の機能の止滅に至る〔実践の〕道を覚知しないなら、苦痛の機能を覚知せず……略……悦意の機能を覚知せず……略……失意の機能を覚知せず……略……放捨の機能を覚知せず、放捨の機能の集起を覚知せず、放捨の機能の止滅を覚知せず、放捨の機能の止滅に至る〔実践の〕道を覚知しないなら、比丘たちよ、わたしにとって、それらの、あるいは、沙門たちは、あるいは、婆羅門たちは、あるいは、沙門たちのなかで沙門として等しく思認される者たちでも、あるいは、婆羅門たちのなかで婆羅門として等しく思認される者たちでも、ありません。また、そして、それらの尊者たちは、あるいは、沙門の資質の義(目的)を、あるいは、婆羅門の資質の義(目的)を、まさしく、所見の法(現世)において、自ら、証知して、実証して、成就して、〔世に〕住むことはありません。

比丘たちよ、しかしながら、まさに、彼らが誰であれ、あるいは、沙門たちが、あるいは、婆羅門たちが、安楽の機能を覚知し、安楽の機能の集起を覚知し、安楽の機能の止滅を覚知し、安楽の機能の止滅に至る〔実践の〕道を覚知するなら、苦痛の機能を覚知し……略……悦意の機能を覚知し……略……失意の機能を覚知し……略……放捨の機能を覚知し、放捨の機能の集起を覚知し、放捨の機能の止滅を覚知し、放捨の機能の止滅に至る〔実践の〕道を覚知するなら、比丘たちよ、そして、まさに、わたしにとって、それらの、あるいは、沙門たちは、あるいは、婆羅門たちは、まさしく、そして、沙門たちのなかで沙門として等しく思認される者たちであり、さらに、婆羅門たちのなかで婆羅門として等しく思認される者たちです。また、そして、それらの尊者たちは、そして、沙門の資質の義(目的)を、さらに、婆羅門の資質の義(目的)を、まさしく、所見の法(現世)において、自ら、証知して、実証して、成就して、〔世に〕住みます」と。〔以上が〕第五となる。

注釈【0】