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翻訳【14】

スーカラカターの経

或る時のことです。世尊は、ラージャガハに住んでおられます。ギッジャクータ山のスーカラカターにおいて。そこで、まさに、世尊は、尊者サーリプッタに告げました。「サーリプッタよ、いったい、まさに、どのような義(利益)たる所以を正しく見ながら、煩悩が滅尽した比丘は、あるいは、如来にたいし、あるいは、如来の教えにたいし、最高の倒礼の所作を転起しながら転起するのですか」と。「尊き方よ、まさに、束縛からの平安軛安穏という無上なるものを正しく見ながら、煩悩が滅尽した比丘は、あるいは、如来にたいし、あるいは、如来の教えにたいし、最高の倒礼の所作を転起しながら転起します」と。「サーリプッタよ、善きかな、善きかな。サーリプッタよ、まさに、束縛からの平安という無上なるものを正しく見ながら、煩悩が滅尽した比丘は、あるいは、如来にたいし、あるいは、如来の教えにたいし、最高の倒礼の所作を転起しながら転起します」と。

「サーリプッタよ、では、どのようなものが、束縛からの平安という無上なるものなのですか。それを正しく見ながら、煩悩が滅尽した比丘は、あるいは、如来にたいし、あるいは、如来の教えにたいし、最高の倒礼の所作を転起しながら転起します」と。「尊き方よ、ここに、煩悩が滅尽した比丘が、寂止に至るものであり、正覚に至るものである、信の機能を修めます。……略……精進の機能を修めます。……略……気づきの機能を修めます。……略……禅定の機能を修めます。寂止に至るものであり、正覚に至るものである、智慧の機能を修めます。尊き方よ、これは、まさに、束縛からの平安という無上なるものです。それを正しく見ながら、煩悩が滅尽した比丘は、あるいは、如来にたいし、あるいは、如来の教えにたいし、最高の倒礼の所作を転起しながら転起します」と。「サーリプッタよ、善きかな、善きかな。サーリプッタよ、まさに、これは、束縛からの平安という無上なるものです。それを正しく見ながら、煩悩が滅尽した比丘は、あるいは、如来にたいし、あるいは、如来の教えにたいし、最高の倒礼の所作を転起しながら転起します」と。

「サーリプッタよ、では、どのようなものが、最高の倒礼の所作なのですか。すなわち、煩悩が滅尽した比丘は、あるいは、如来にたいし、あるいは、如来の教えにたいし、最高の倒礼の所作を転起しながら転起させます」と。「尊き方よ、ここに、煩悩が滅尽した比丘が、教師にたいし、尊重〔の思い〕を有する者として、敬虔〔の思い〕を有する者として、〔世に〕住み、法(教え)にたいし、尊重〔の思い〕を有する者として、敬虔〔の思い〕を有する者として、〔世に〕住み、僧団にたいし、尊重〔の思い〕を有する者として、敬虔〔の思い〕を有する者として、〔世に〕住み、学び(戒律)にたいし、尊重〔の思い〕を有する者として、敬虔〔の思い〕を有する者として、〔世に〕住み、禅定にたいし、尊重〔の思い〕を有する者として、敬虔〔の思い〕を有する者として、〔世に〕住みます。尊き方よ、これは、まさに、最高の倒礼の所作です。すなわち、煩悩が滅尽した比丘は、あるいは、如来にたいし、あるいは、如来の教えにたいし、最高の倒礼の所作を転起しながら転起させます」と。「サーリプッタよ、善きかな、善きかな。サーリプッタよ、まさに、これは、最高の倒礼の所作です。すなわち、煩悩が滅尽した比丘は、あるいは、如来にたいし、あるいは、如来の教えにたいし、最高の倒礼の所作を転起しながら転起させます」と。〔以上が〕第八となる。

注釈【1】