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翻訳【14】

激流等の経の十なるもの

「比丘たちよ、五つのものがあります。これらの上なる域に束縛するものです。どのようなものが、五つのものなのですか。形態にたいする貪り〔の思い〕であり、形態なきものにたいする貪り〔の思い〕であり、〔我想の〕思量であり、〔心の〕高揚であり、無明です。比丘たちよ、まさに、これらの五つの上なる域に束縛するものがあります。比丘たちよ、まさに、これらの五つの上なる域に束縛するものの、証知のために、遍知のために、完全なる滅尽のために、捨棄のために、五つの力が修められるべきです。どのようなものが、五つのものなのですか。比丘たちよ、ここに、比丘が、貪欲の調伏を結末とし、憤怒の調伏を結末とし、迷妄の調伏を結末とする、信の力を修めます。……略……。貪欲の調伏を結末とし、憤怒の調伏を結末とし、迷妄の調伏を結末とする、智慧の力を修めます。比丘たちよ、まさに、これらの五つの上なる域に束縛するものの、証知のために、遍知のために、完全なる滅尽のために、捨棄のために、これらの五つの力が修められるべきです」と。〔以上が〕第十となる。

激流の章が第十となる。

その〔章〕のための摂頌となる。

〔そこで、詩偈に言う〕「激流、束縛、執取、拘束があり、そして、悪習とともに、欲望の属性、〔修行の〕妨害、範疇、下なる〔域〕と上なる域があり、〔章となる〕」と。

力に相応するものが第六となる。

注釈【0】