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翻訳【14】

第一のアーナンダの経

サーヴァッティーの因縁となります。そこで、まさに、尊者アーナンダが、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊を敬拝して、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、尊者アーナンダは、世尊に、こう言いました。

「尊き方よ、いったい、まさに、どのようなものが、神通であり、どのようなものが、神通の足場であり、どのようなものが、神通の足場の修行であり、どのようなものが、神通の足場の修行に至る〔実践の〕道なのですか」と。「アーナンダよ、ここに、比丘が、無数〔の流儀〕に関した〔種々なる〕神通の種類を体現します。一なる者としてもまた有って、多種なる者と成ります。多種なる者としてもまた有って、一なる者と成ります。……略……。梵の世に至るまでもまた、身体によって自在に転起させます。アーナンダよ、これは、神通と説かれます。

アーナンダよ、では、どのようなものが、神通の足場なのですか。アーナンダよ、すなわち、〔聖なる〕道として、すなわち、〔実践の〕道として、神通を得るために〔等しく転起し〕、神通の獲得のために等しく転起するなら、アーナンダよ、これは、神通の足場と説かれます。

アーナンダよ、では、どのようなものが、神通の足場の修行なのですか。アーナンダよ、ここに、比丘が、欲〔の思い〕の禅定と精励の形成〔作用〕を具備した神通の足場を修めます。精進の禅定と……略……。心の禅定と……略……。考察の禅定と精励の形成〔作用〕を具備した神通の足場を修めます。アーナンダよ、これは、神通の足場の修行と説かれます。

アーナンダよ、では、どのようなものが、神通の足場の修行に至る〔実践の〕道なのですか。まさしく、この、聖なる八つの支分ある道です。それは、すなわち、この、正しい見解であり……略……正しい禅定です。アーナンダよ、これは、神通の足場の修行に至る〔実践の〕道と説かれます」と。〔以上が〕第七となる。

注釈【0】