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翻訳【15】

第一の静所に赴いた者の経

このように、わたしは聞きました。或る時のことです。尊者アヌルッダは、サーヴァッティーに住んでいます。ジェータ林のアナータピンディカ〔長者〕の林園において。そこで、まさに、静所に赴き静坐している尊者アヌルッダに、このような心の思索が浮かびました。「誰であれ、彼らに、四つの気づきの確立が亡失されたなら、彼らに、正しく苦しみの滅尽に至るものである、聖なる道は亡失されたのだ。誰であれ、彼らに、四つの気づきの確立が勉励されたなら、彼らに、正しく苦しみの滅尽に至るものである、聖なる道は勉励されたのだ」と。

そこで、まさに、尊者マハー・モッガッラーナは、〔自らの〕心をとおして、尊者アヌルッダの心の思索を了知して、それは、たとえば、また、まさに、力ある人が、あるいは、曲げた腕を伸ばすかのように、あるいは、伸ばした腕を曲げるかのように、まさしく、このように、尊者アヌルッダの面前に出現しました。そこで、まさに、尊者マハー・モッガッラーナは、尊者アヌルッダに、こう言いました。「友よ、アヌルッダよ、いったい、まさに、どのようなことから、比丘に、四つの気づきの確立が勉励されたものと成るのですか」と。

「友よ、ここに、比丘が、内に、身体における集起の法(性質)の随観ある者として〔世に〕住み、内に、身体における衰失の法(性質)の随観ある者として〔世に〕住み、内に、身体における集起と衰失の法(性質)の随観ある者として〔世に〕住みます⸺熱情ある者となり、正知の者となり、気づきある者となり、世における強欲〔の思い〕と失意〔の思い〕を取り除いて。外に、身体における集起の法(性質)の随観ある者として〔世に〕住み、外に、身体における衰失の法(性質)の随観ある者として〔世に〕住み、外に、身体における集起と衰失の法(性質)の随観ある者として〔世に〕住みます⸺熱情ある者となり、正知の者となり、気づきある者となり、世における強欲〔の思い〕と失意〔の思い〕を取り除いて。内と外に、身体における集起の法(性質)の随観ある者として〔世に〕住み、内と外に、身体における衰失の法(性質)の随観ある者として〔世に〕住み、内と外に、身体における集起と衰失の法(性質)の随観ある者として〔世に〕住みます⸺熱情ある者となり、正知の者となり、気づきある者となり、世における強欲〔の思い〕と失意〔の思い〕を取り除いて。

彼が、それで、もし、『嫌悪ならざるものについて、嫌悪の表象ある者として〔世に〕住むのだ』と望むなら、そこにおいて、嫌悪の表象ある者として〔世に〕住み、それで、もし、『嫌悪のものについて、嫌悪ならざる表象ある者として〔世に〕住むのだ』と望むなら、そこにおいて、嫌悪ならざる表象ある者として〔世に〕住み、それで、もし、『そして、嫌悪ならざるものについて、さらに、嫌悪のものについて、嫌悪の表象ある者として〔世に〕住むのだ』と望むなら、そこにおいて、嫌悪の表象ある者として〔世に〕住み、それで、もし、『そして、嫌悪のものについて、さらに、嫌悪ならざるものについて、嫌悪ならざる表象ある者として〔世に〕住むのだ』と望むなら、そこにおいて、嫌悪ならざる表象ある者として〔世に〕住み、それで、もし、『そして、嫌悪ならざるものを、さらに、嫌悪のものを、その両者を回避して、放捨の者として〔世に〕住むのだ、気づきと正知の者として〔世に住むのだ〕』と望むなら、そこにおいて、放捨の者として〔世に〕住み、気づきと正知の者として〔世に住みます〕

内に、諸々の感受における集起の法(性質)の随観ある者として〔世に〕住み、内に、諸々の感受における衰失の法(性質)の随観ある者として〔世に〕住み、内に、諸々の感受における集起と衰失の法(性質)の随観ある者として〔世に〕住みます⸺熱情ある者となり、正知の者となり、気づきある者となり、世における強欲〔の思い〕と失意〔の思い〕を取り除いて。外に、諸々の感受における集起の法(性質)の随観ある者として〔世に〕住み、外に、諸々の感受における衰失の法(性質)の随観ある者として〔世に〕住み、外に、諸々の感受における集起と衰失の法(性質)の随観ある者として〔世に〕住みます⸺熱情ある者となり、正知の者となり、気づきある者となり、世における強欲〔の思い〕と失意〔の思い〕を取り除いて。内と外に、諸々の感受における集起の法(性質)の随観ある者として〔世に〕住み、内と外に、諸々の感受における衰失の法(性質)の随観ある者として〔世に〕住み、内と外に、諸々の感受における集起と衰失の法(性質)の随観ある者として〔世に〕住みます⸺熱情ある者となり、正知の者となり、気づきある者となり、世における強欲〔の思い〕と失意〔の思い〕を取り除いて。

彼が、それで、もし、『嫌悪ならざるものについて、嫌悪の表象ある者として〔世に〕住むのだ』と望むなら、そこにおいて、嫌悪の表象ある者として〔世に〕住み、それで、もし、『嫌悪のものについて、嫌悪ならざる表象ある者として〔世に〕住むのだ』と望むなら、そこにおいて、嫌悪ならざる表象ある者として〔世に〕住み、それで、もし、『そして、嫌悪ならざるものについて、さらに、嫌悪のものについて、嫌悪の表象ある者として〔世に〕住むのだ』と望むなら、そこにおいて、嫌悪の表象ある者として〔世に〕住み、それで、もし、『そして、嫌悪のものについて、さらに、嫌悪ならざるものについて、嫌悪ならざる表象ある者として〔世に〕住むのだ』と望むなら、そこにおいて、嫌悪ならざる表象ある者として〔世に〕住み、それで、もし、『そして、嫌悪ならざるものを、さらに、嫌悪のものを、その両者を回避して、放捨の者として〔世に〕住むのだ、気づきと正知の者として〔世に住むのだ〕』と望むなら、そこにおいて、放捨の者として〔世に〕住み、気づきと正知の者として〔世に住みます〕

内に、心における……略……。外に、心における……略……。内と外に、心における集起の法(性質)の随観ある者として〔世に〕住み、内と外に、心における衰失の法(性質)の随観ある者として〔世に〕住み、内と外に、心における集起と衰失の法(性質)の随観ある者として〔世に〕住みます⸺熱情ある者となり……略……強欲〔の思い〕と失意〔の思い〕を取り除いて。

彼が、それで、もし、『嫌悪ならざるものについて、嫌悪の表象ある者として〔世に〕住むのだ』と望むなら、そこにおいて、嫌悪の表象ある者として〔世に〕住み……略……そこにおいて、放捨の者として〔世に〕住み、気づきと正知の者として〔世に住みます〕

内に、諸々の法(性質)における……略……。外に、諸々の法(性質)における……略……。内と外に、諸々の法(性質)における集起の法(性質)の随観ある者として〔世に〕住み、内と外に、諸々の法(性質)における衰失の法(性質)の随観ある者として〔世に〕住み、内と外に、諸々の法(性質)における集起と衰失の法(性質)の随観ある者として〔世に〕住みます⸺熱情ある者となり、正知の者となり、気づきある者となり、世における強欲〔の思い〕と失意〔の思い〕を取り除いて。

彼が、それで、もし、『嫌悪ならざるものについて、嫌悪の表象ある者として〔世に〕住むのだ』と望むなら、そこにおいて、嫌悪の表象ある者として〔世に〕住み……略……そこにおいて、放捨の者として〔世に〕住み、気づきと正知の者として〔世に住みます〕。友よ、このようなことから、まさに、比丘に、四つの気づきの確立が勉励されたものと成ります」と。〔以上が〕第一となる。

注釈【1】