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翻訳【17】

瞑想等の経の十二なるもの

サーヴァッティーの因縁となります。「比丘たちよ、四つのものがあります。これらの瞑想です。どのようなものが、四つのものなのですか。比丘たちよ、ここに、比丘が、まさしく、諸々の欲望〔の対象〕から離れて、諸々の善ならざる法(性質)から離れて、〔粗雑なる〕思考を有し有尋〔微細なる〕想念を有し有伺、遠離から生じる喜悦と安楽喜楽がある、第一の瞑想初禅第一禅を成就して〔世に〕住みます。〔粗雑なる〕思考と〔微細なる〕想念の寂止あることから、内なる清信あり、心の専一なる状態あり、思考なく無尋、想念なく無伺、禅定から生じる喜悦と安楽がある、第二の瞑想第二禅を成就して〔世に〕住みます。さらに、喜悦の離貪あることから、そして、放捨の者として〔世に〕住み、かつまた、気づきと正知の者として〔世に住み〕、そして、身体による安楽を得知し、すなわち、その者のことを、聖者たちが、『放捨の者であり、気づきある者であり、安楽の住ある者である』と告げ知らせるところの、第三の瞑想第三禅を成就して〔世に〕住みます。かつまた、安楽の捨棄あることから、かつまた、苦痛の捨棄あることから、まさしく、過去において、悦意と失意の滅至あることから、苦でもなく楽でもない、放捨による気づきの完全なる清浄たる、第四の瞑想第四禅を成就して〔世に〕住みます。比丘たちよ、まさに、これらの四つの瞑想四禅があります」と。

「比丘たちよ、それは、たとえば、また、ガンガー川が、東に向かい行くものであり、東に傾倒するものであり、東に傾斜するものであるように、比丘たちよ、まさしく、このように、まさに、比丘は、四つの瞑想を修めながら、四つの瞑想を多く為しながら、涅槃に向かい行く者と成り、涅槃に傾倒する者と〔成り〕、涅槃に傾斜する者と〔成ります〕。比丘たちよ、では、どのように、比丘は、四つの瞑想を修めながら、四つの瞑想を多く為しながら、涅槃に向かい行く者と成り、涅槃に傾倒する者と〔成り〕、涅槃に傾斜する者と〔成るのですか〕。比丘たちよ、ここに、比丘が、まさしく、諸々の欲望〔の対象〕から離れて、諸々の善ならざる法(性質)から離れて、〔粗雑なる〕思考を有し、〔微細なる〕想念を有し、遠離から生じる喜悦と安楽がある、第一の瞑想を成就して〔世に〕住みます。〔粗雑なる〕思考と〔微細なる〕想念の寂止あることから……略……第二の瞑想を……略……第三の瞑想を……略……第四の瞑想を成就して〔世に〕住みます。比丘たちよ、このように、まさに、比丘は、四つの瞑想を修めながら、四つの瞑想を多く為しながら、涅槃に向かい行く者と成り、涅槃に傾倒する者と〔成り〕、涅槃に傾斜する者と〔成ります〕」と。〔以上が〕第十二となる。

ガンガー〔川〕と省略〔の経典〕の章が第一となる。

その〔章〕のための摂頌となる。

〔そこで、詩偈に言う〕「六つの東に向かい行くものがあり、さらに、六つの海に向かい行くものがあり、これらの二つの六つのものが十二〔の経〕として有り、それによって、章と呼ばれる」と。

注釈【1】