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翻訳【17】

諸々の煩悩の滅尽の経

「……諸々の煩悩の滅尽のために等しく転起します。比丘たちよ、では、どのように、呼吸についての気づきという禅定が修められ、どのように多く為されたなら、束縛の捨棄のために等しく転起するのですか。……悪習の根絶のために等しく転起するのですか。……時間の遍知のために等しく転起するのですか。……諸々の煩悩の滅尽のために等しく転起するのですか。比丘たちよ、ここに、比丘が、あるいは、林に赴き、あるいは、木の根元に赴き……略……。『〔わたしは〕放棄の随観ある者として、出息するのだ』と学び、『〔わたしは〕放棄の随観ある者として、入息するのだ』と学びます。比丘たちよ、このように、まさに、呼吸についての気づきという禅定が修められ、このように多く為されたなら、束縛の捨棄のために等しく転起します。……略……。悪習の根絶のために等しく転起します。……略……。時間の遍知のために等しく転起します。……略……。諸々の煩悩の滅尽のために等しく転起します」と。〔以上が〕第十となる。

〔以上が〕第二の章となる。

その〔章〕のための摂頌となる。

〔そこで、詩偈に言う〕「イッチャーナンガラ、疑うべきもの、他に、二つのアーナンダ、〔二つの〕比丘たち、束縛、悪習、時間、諸々の煩悩の滅尽があり、〔章となる〕」と。

呼吸に相応するものが第十となる。

注釈【1】