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翻訳【20】

畜生の議論の経

「比丘たちよ、無数〔の流儀〕に関した畜生の議論(無用論・無駄話)を議論してはいけません。それは、すなわち、この、王についての議論、盗賊についての議論、大臣についての議論、軍団についての議論、恐怖についての議論、戦争についての議論、食べ物についての議論、飲み物についての議論、衣についての議論、臥具についての議論、花飾についての議論、香料についての議論、親族についての議論、乗物についての議論、村についての議論、町についての議論、城市についての議論、地方についての議論、女についての議論、勇士についての議論、道端の議論、井戸端の議論、過去の亡者(祖先)についての議論、種々なることについての議論、世についての言論、海についての言論、かく有り〔かく〕無しについての議論、あるいは、かくのごときものです。それは、何を因とするのですか。比丘たちよ、この議論は、義(利益)を伴ったものではなく、初等の梵行たるものではなく、厭離のためではなく、離貪のためではなく、止滅のためではなく、寂止のためではなく、証知のためではなく、正覚のためではなく、涅槃のためではなく、等しく転起するからです。

比丘たちよ、そして、まさに、あなたたちが議論しているなら、『これは、苦しみである』と議論するべきであり、『これは、苦しみの集起である』と議論するべきであり、『これは、苦しみの止滅である』と議論するべきであり、『これは、苦しみの止滅に至る〔実践の〕道である』と議論するべきです。それは、何を因とするのですか。比丘たちよ、この議論は、義(利益)を伴ったものであり、これは、初等の梵行たるものであり、これは、厭離のために、離貪のために、止滅のために、寂止のために、証知のために、正覚のために、涅槃のために、等しく転起するからです。

比丘たちよ、それゆえに、ここに、『これは、苦しみである』と、〔心の〕制止が為されるべきであり……略……『これは、苦しみの止滅に至る〔実践の〕道である』と、〔心の〕制止が為されるべきです」と。〔以上が〕第十となる。

禅定の章が第一となる。

その〔章〕のための摂頌となる。

〔そこで、詩偈に言う〕「禅定、静坐、他に、二つの良家の子息たち、〔二つの〕沙門や婆羅門たち、思考、思弁、口論となるもの、議論があり、〔章となる〕」と。

注釈【1】