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翻訳【19】

第一の穴がある軛の経

「比丘たちよ、それは、たとえば、また、人が、大いなる海において、一つの穴がある軛を投げ入れるとします。そこで、また、盲目の亀が存するとします。その〔亀〕は、百年が〔経過しては〕一度、百年が経過しては一度、浮き上がります。比丘たちよ、それを、どう思いますか。さて、いったい、まさに、盲目の亀は、百年が〔経過しては〕一度、百年が経過しては一度、浮き上がりつつ、この一つの穴がある軛のなかに、首を導き入れるでしょうか」と。「尊き方よ、すなわち、たしかに、いつであれ、いつかは、長時が経過して〔そののち、首を導き入れるでしょう〕」と。

「比丘たちよ、よりすみやかに、まさに、その盲目の亀が、百年が〔経過しては〕一度、百年が経過しては一度、浮き上がりつつ、この一つの穴がある軛のなかに、首を導き入れるとして、比丘たちよ、まさしく、しかし、一度、愚者が堕所に赴いたなら、人間たる〔境遇を得ること〕を、わたしは、〔そのように〕説きません。

それは、何を因とするのですか。比丘たちよ、なぜなら、ここにおいては、法(正義)の行ないが〔存在せず〕、正しい行ないが〔存在せず〕、善なるものを作り為すことが〔存在せず〕、功徳を作り為すことが存在しないからです。比丘たちよ、ここにおいては、互いに他を喰うことが〔転起し〕、力の弱い者を喰うことが転起するからです。それは、何を因とするのですか。比丘たちよ、四つの聖なる真理が、〔あるがままに〕見られなかったからです。どのようなものが、四つのものなのですか。苦しみという聖なる真理であり……略……苦しみの止滅に至る〔実践の〕道という聖なる真理です。

比丘たちよ、それゆえに、ここに、『これは、苦しみである』と、〔心の〕制止が為されるべきであり……略……『これは、苦しみの止滅に至る〔実践の〕道である』と、〔心の〕制止が為されるべきです」と。〔以上が〕第七となる。

注釈【1】