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梵〔天〕の懇願の経
このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、ウルヴェーラーに住んでおられます。ネーランジャラー川の岸辺のアジャパーラ・ニグローダ〔樹〕の根元において、最初に現正覚した者として。そこで、まさに、静所に赴き静坐している世尊に、このような心の思索が浮かびました。「まさに、わたしが到達した、この法(真理)は、深遠にして、見難く、随覚し難く、寂静であり、精妙にして、考慮の行境ならず、精緻にして、賢者によって知られるべきものである。また、まさに、〔生存の〕基底(阿頼耶:執着)を喜びとし、〔生存の〕基底を喜び、〔生存の〕基底に歓喜するのが、この、〔世の〕人々である。また、まさに、〔生存の〕基底を喜びとし、〔生存の〕基底を喜び、〔生存の〕基底に歓喜する、〔世の〕人々にとって、この境位は、見難きものとしてある。すなわち、この、これを縁とすること(此縁性:縁の特異性)であり、縁によって〔物事が〕生起する〔道理〕(縁起:因果の道理)である。まさに、この境位もまた、見難きものとしてある。すなわち、この、一切の形成〔作用〕の止寂であり、一切の依り所の放棄であり、渇愛の滅尽であり、離貪であり、止滅であり、涅槃である。また、まさに、まさしく、そして、わたしが、法(教え)を説示するとして、しかしながら、他者たちは、わたしの〔法を〕了知しないであろう。それは、わたしにとって、疲弊として存するであろう。それは、わたしにとって、悩害として存するであろう」と。さてまた、まさに、世尊に、稀有ならざるものとして、これらの詩偈が明白となりました⸺過去において、過去に聞かれたことなき〔これらの詩偈〕が。
〔世尊が、詩偈に言う〕「苦難をもって、わたしが到達したものを、〔世に〕明示するべくも、今は、まさに、十分である(その時ではない)。この法(真理)は、貪欲と憤怒に打ち負かされた者たちによって、善く正覚されるものにあらず。
〔世の〕流れに反して赴く精緻なる〔この法〕を、深遠にして見難く微細なる〔この法〕を、貪欲に染まり闇の塊に覆われた者たちは〔あるがままに〕見ない」と。
まさに、かくのごとく、世尊が深慮していると、心は、思い入れ少なくあることから、法(教え)の説示に傾きません(説法を躊躇する)。
そこで、まさに、梵〔天〕のサハンパティに⸺〔自らの〕心をとおして、世尊の心の思索を了知して⸺この〔思い〕が有りました。「ああ、まさに、世が滅びる。ああ、まさに、世が滅び去る。なぜなら、そこで、まさに、阿羅漢にして正等覚者たる如来の心が、思い入れ少なくあることから、法(教え)の説示に傾かないからだ」と。そこで、まさに、梵〔天〕のサハンパティは、それは、たとえば、また、まさに、力ある人が、あるいは、曲げた腕を伸ばすかのように、あるいは、伸ばした腕を曲げるかのように、まさしく、このように、梵の世において消没し、世尊の前に出現しました。そこで、まさに、梵〔天〕のサハンパティは、一つの肩に上衣を掛けて、右の膝頭を地に着けて、世尊のおられるところに、そこへと合掌を手向けて、世尊に、こう言いました。「尊き方よ、世尊は、法(教え)を説示してください。善き至達者たる方は、法(教え)を説示してください。塵少なき類の有情たちが存在します。法(教え)の聴聞なきことから遍く衰退しています。〔彼らは〕法(教え)の了知者たちと成るでしょう」と。梵〔天〕のサハンパティは、この〔言葉〕を言いました。この〔言葉〕を言って、そこで、他にも、こう言いました。
〔サハンパティが、詩偈に言う〕「過去において、マガダ〔国〕に、清浄ならざる法(教え)が出現しました⸺〔世俗の〕垢を有する者たちによって思弁されたものとして。〔あなたこそは〕開示したまえ⸺〔まさに〕この、不死の門を。〔世の人々は〕聞け⸺〔世俗の〕垢を離れる方によって随覚された〔清浄なる〕法(教え)を。
たとえば、山の頂きの巌に立つ者が、あたかも、また、遍きにわたり、人民を見るであろうように、思慮深き方よ、一切に眼ある方よ、その喩えのように、法(真理)で作られている〔智慧の〕高楼に登って、憂いを離れた者となり、憂いに沈んだ人民を、生と老に征服された者を、〔智慧の眼で〕注視したまえ。
勇者よ、戦場の征圧者たる方よ、立ち上がってください。先導者たる方よ、借りなき方よ、世を渡り歩いてください。世尊は、法(教え)を説示してください。〔世の人々は、法の〕了知者たちと成るでしょう」と。
そこで、まさに、世尊は、そして、梵〔天〕の要請を知って、さらに、有情たちにたいし慈悲あることを縁として、覚者の眼によって、世を眺めました。まさに、世尊は、覚者の眼によって、世を眺めながら、有情たちを見ました⸺少なき塵の者たちとして、大いなる塵の者たちとして、鋭敏なる機能の者たちとして、柔弱なる機能の者たちとして、善き行相の者たちとして、悪しき行相の者たちとして、識知させるに易き者(教えやすい者)たちとして、識知させるに難き者(教えにくい者)たちとして、一部のまた、他の世の罪過について恐怖を見る者たちとして〔世に〕住んでいる者たちを、一部のまた、他の世の罪過について恐怖を見ない者たちとして〔世に〕住んでいる者たちを。それは、たとえば、また、まさに、あるいは、青蓮の池において、あるいは、赤蓮の池において、あるいは、白蓮の池において、一部のまた、あるいは、諸々の青蓮が、あるいは、諸々の赤蓮が、あるいは、諸々の白蓮が、水のなかに生じ、水のなかで等しく増大し、水から伸び上がらず、内に潜り生育するものとしてあり、一部のまた、あるいは、諸々の青蓮が、あるいは、諸々の赤蓮が、あるいは、諸々の白蓮が、水のなかに生じ、水のなかで等しく増大し、水面のところで止住するものとしてあり、一部のまた、あるいは、諸々の青蓮が、あるいは、諸々の赤蓮が、あるいは、諸々の白蓮が、水のなかに生じ、水のなかで等しく増大し、水から伸び出て止住し、水に汚されないものとしてあるように、まさしく、このように、世尊は、覚者の眼によって、世を眺めながら、有情たちを見ました⸺少なき塵の者たちとして、大いなる塵の者たちとして、鋭敏なる機能の者たちとして、柔弱なる機能の者たちとして、善き行相の者たちとして、悪しき行相の者たちとして、識知させるに易き者たちとして、識知させるに難き者たちとして、一部のまた、他の世の罪過について恐怖を見る者たちとして〔世に〕住んでいる者たちを、一部のまた、他の世の罪過について恐怖を見ない者たちとして〔世に〕住んでいる者たちを。見て、梵〔天〕のサハンパティに、詩偈をもって答えました。
〔世尊が、詩偈に言う〕「彼ら、耳ある者たちは、信を解き放て。不死の諸門は、彼らに開示された。梵〔天〕よ、〔わたしは〕悩害の表象ある者となり、人間たちにたいし、至徳にして精妙なる法(真理)を語らなかった」と。
そこで、まさに、梵〔天〕のサハンパティは、「まさに、〔わたしは〕存している⸺法(教え)を説示するために、世尊が機会を作った者として」と、世尊を敬拝して、右回り〔の礼〕を為して、まさしく、その場において、消没した、ということです。
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注釈【2】
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