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翻訳【20】

ダンミカの経

このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、サーヴァッティーに住んでおられます。ジェータ林のアナータピンディカ〔長者〕の林園において。そこで、まさに、ダンミカ在俗信者優婆塞が、五百の在俗信者たちと共に、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊を敬拝して、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、ダンミカ在俗信者は、世尊に、諸々の詩偈をもって語りかけました。

〔ダンミカが尋ねた〕「ゴータマよ、広き智慧ある方よ、あなたに尋ねます。どのように為す者が、善き弟子と成るのですか。あるいは、彼が、家から家なきへと至り行くとして、また、あるいは、家ある在俗信者たちであるとして。(1)

なぜなら、あなたは、天を含む世〔の人々〕の赴く所を、さらに、〔その〕行き着く所を、〔あるがままに〕覚知するからです。かつまた、精緻なる義(道理)を見る者として、〔あなたと〕比較できる者は〔世に〕存在しません。まさに、あなたのことを、〔賢者たちは〕『最も優れた覚者』と説きます。(2)

あなたは、一切の知恵と法(真理)を確たるものとして、有情たちを慈しみながら、〔法を〕明らかにします。一切に眼ある方よ、〔あなたは〕覆いが開かれた者として〔世に〕存しています。〔世俗の〕垢を離れ、一切の世において、光り輝きます。(3)

エーラーヴァナという名の龍の王が、〔あなたのことを〕『勝者である』と聞いて、あなたの現前にやってきました。彼もまた、あなたと話し合って、〔法に〕到達しました。『善きかな』と、〔あなたの教えを〕聞いて、満足した様子です。(4)

毘沙門〔天〕王のクヴェーラもまた、法(真理)を遍く尋ねながら、あなたのもとに近づきます。慧者よ、あなたは、〔問いを〕尋ねられた者として、彼にもまた、〔法を〕説きます。さらに、また、彼も、〔あなたの教えを〕聞いて、満足した様子です。(5)

彼らが誰であれ、これらの論争を戒とする異教の者外道たちは、もしくは、アージーヴァカ(活命者・邪命外道)たちであろうと、ニガンタ(離繋者・ジャイナ教徒)たちであろうと、〔彼らの〕全てが、智慧によってあなたを超え行くことはありません。立ち止まっている者が、行きつつある者を、急ぎ赴く者を、〔追い越せない〕ように。(6)

彼らが誰であれ、これらの論争を戒とする婆羅門たちは、さらに、また、〔世に〕存する年長の婆羅門たちも、誰であれ、あなたにたいしては、〔彼らの〕全てが、義(目的)に縛られた者(他者に問い尋ねる者)たちとして〔世に〕有ります。さらに、また、すなわち、他の、〔自らを〕論者と思いなしている者たちも。(7)

まさに、この法(教え)は、精緻なるものであり、かつまた、安楽なるものです。世尊よ、すなわち、この〔法〕は、あなたによって見事に説かれました。〔わたしたちは〕全てもろともに、まさしく、その〔法〕を、聞こうとしています。最勝の覚者よ、〔問いを〕尋ねられた者として、その〔法〕を、わたしたちに説いてください。(8)

これらの比丘たちは、全てもろともに等しく坐り、さらに、また、在俗信者優婆塞たちも、まさしく、そのように、〔法を〕聞くことを〔求めます〕〔さあ、みなさん〕聞いてください⸺〔世俗の〕垢を離れる方によって随覚され、見事に語られた〔真実の〕(教え)を⸺天〔の神々〕たちが、ヴァーサヴァ(インドラ神・帝釈天)〔言葉を聞く〕ように」〔と〕(9)

〔世尊は答えた〕「比丘たちよ、わたしの〔言葉を〕聞きなさい。あなたたちに聞かせましょう⸺〔煩悩を〕払い落とす、〔真実の〕(教え)を。そして、全ての者たちは、その〔法〕を歩みなさい。義(道理)を見る者は、思慧ある者は、その〔法〕に、出家者に随順する振る舞いの道(出家者にふさわしい行為のあり方)に、慣れ親しむように。(10)

比丘は、まさに、時ならざる〔時〕(午後)に、〔村を〕渡り歩かないように。そして、〔正しい〕(午前中)に、〔行乞の〕食のために村を歩むように。なぜなら、〔正しい〕時に歩まない者に、諸々の執着〔の思い〕がつきまとうからです。それゆえに、覚者たちは、時ならざる〔時〕には〔村を〕歩まないのです。(11)

かつまた、諸々の形態:眼の対象)も、かつまた、諸々の音声:耳の対象)も、かつまた、諸々の味感:舌の対象)も、諸々の臭気:鼻の対象)も、かつまた、諸々の接触:身の対象)も、それらは、有情たちを夢中にさせます。これらの諸法(事象)にたいする欲〔の思い〕を取り除いて、彼(比丘)は、〔正しい〕時に、〔すなわち、村人たちの〕朝食〔の時間〕に、〔村に〕入るように。(12)

そして、比丘は、〔正しい〕時分に〔行乞の〕食を得て、独り、静所に戻って、坐すように。内に思念ある者は、自己を制御した状態となり、意を外に放たないように。(13)

それで、もし、また、彼が、〔別の〕弟子と談じ合うなら、あるいは、他の者と〔談じ合うなら〕、あるいは、誰であれ、比丘と〔談じ合うなら〕〔まさに〕その、精妙なる法(教え)を述べ伝えるように。中傷〔の言葉〕ではなく、他者への批判〔の言葉〕でもまたなく。(14)

まさに、或る者たちは、論に反駁します。それらの智慧僅かな者たちを、〔わたしたちは〕賞賛しません。彼らに、そこかしこから、諸々の執着〔の思い〕がつきまといます。まさに、彼らは、そこにおいて、心を遠くに赴かせます(妄想する)(15)

〔行乞の〕食に、精舎に、そして、臥坐具に、さらに、大衣の塵を洗い流す水に⸺善き至達者(ブッダ)によって説示された法(教え)を聞いて、〔正しく〕究明して〔そののち〕⸺優れた智慧ある〔覚者の〕弟子は、慣れ親しむように(規則どおりに受用するべきである)(16)

まさに、それゆえに、〔行乞の〕食について、そして、臥坐具について、さらに、大衣の塵を洗い流す水について⸺これらの法(事物)について汚されない者として、比丘はあります。あたかも、蓮〔の葉〕に、水の滴が〔着かない〕ように。(17)

いっぽう、そのように為す者が〔覚者の〕善き弟子と成る、在家者の行持を、あなたたちに説きましょう。なぜなら、すなわち、比丘の法(教え)の全部は、これは、執持〔の対象〕(所有物)を有する〔在家者〕によっては触れることができないからです(実行できない)(18)

〔第一に〕命あるものを殺さないように。そして、殺させないように。さらに、〔命あるものを〕殺している他者たちを認めないように。すなわち、動かないものたちも、さらに、すなわち、動くものたちも、世に存する、一切の生類にたいし、棒(武器)を置いて〔害さずにいるように〕(不殺生戒)(19)

それから、〔第二に〕目覚めている弟子は、どこにおいても、何であれ、与えられていないものを遍く避けるように。〔他者をして他者から〕奪わせないように。奪っている者を認めないように。一切の与えられていないものを遍く避けるように(不偸盗戒)(20)

〔第三に〕識者たる者は、燃え盛る火坑を〔避ける〕ように、梵行ならざること(淫事)を遍く避けるように。また、梵行をできずにいる者は、他者の妻を犯さないように(不邪淫戒)(21)

〔第四に〕あるいは、集会に赴いたとして、あるいは、衆のうちに赴いたとして、独りあり、ただの一者にであれ、虚偽を話さないように。〔他者をして虚偽を〕話させないように。〔虚偽を〕話している者を認めないように。一切の事実ならざることを遍く避けるように(不妄語戒)(22)

さらに、〔第五に〕酔わせる飲み物(酒類)を嗜まないように。彼が、この〔不飲酒の〕(教え)を喜ぶ在家の者であるなら、それ(飲酒)を、『狂気という終極あるもの』と知って、〔他者に酒を〕飲ませないように。〔酒を〕飲んでいる者を認めないように。(23)

なぜなら、愚者たちは、〔酒による〕驕りから、諸々の悪を為し、さらに、また、他の人たちを、怠りある者たちと為さしめるからです。愚者たちに欲せられ、〔世の人々を〕狂気ならしめ、迷妄ならしむ、この善ならざる〔認識の〕場所:領域・範囲)を避けるように(不飲酒戒)(24)

〔第一に〕命あるものを殺さないように。そして、〔第二に〕与えられていないものを取らないように。〔第三に〕虚偽を語らないように。そして、〔第四に〕酒飲みとして存さないように。〔第五に〕梵行ならざる淫事〔の行為〕から離れるように。〔第六に〕夜には非時の食料を食べないように。(25)

〔第七に〕花飾を〔身に〕付けないように。そして、香を焚かないように。〔第八に〕じかに大地のうえに広げた臥床で臥すように。苦しみの終極に至る覚者によって明示された、まさに、この〔法〕を、〔賢者たちは〕『八つの支分ある斎戒布薩』と言います。(26)

そして、そののち、半月〔ごと〕の第八日に、かつまた、十四日と十五日に、斎戒に入って、さらに、神変月には、清信した意図ある者となり、八つの支分を具した完全無欠の形態ある〔斎戒〕〔守るように〕(27)

そして、そののち、斎戒に入ったなら、朝には、比丘の僧団に、食べ物によって、さらに、飲み物によって、清信した心で随喜しながら、識者たる者は、〔自らの〕分のままに分け与えるように。(28)

(正義)によって、母と父を養うように。彼は、法(正義)にかなう商売に従事するように。この〔法〕〔常に〕転起させている、怠りなき在家者は、『自光』という名の天〔の神々〕たちのもとに近づきます(自光天に再生する)〔と〕。ということで⸺(29)

ダンミカの経が第十四となり、〔以上で〕終了となる。

小なるものの章が第二となり、〔以上で〕終了となる。

その〔章〕のための摂頌となる。

〔そこで、詩偈に言う〕「宝と生臭、そして、恥、幸福があり、スーチローマとともに、そして、法(教え)の行ない、婆羅門、舟、『何が、戒ですか』と奮起⸺

さらに、ラーフラ、そして、カッパ、そのように、遍歴遊行なるもの、そして、ダンミカがあり、十四〔の経〕があり、知者たちは、『小なるものの章』と言う」と。

注釈【1】