このように説かれたとき、世尊は、コーカーリカ比丘に、こう言いました。「コーカーリカよ、まさに、このように〔言っては〕いけません。コーカーリカよ、まさに、このように〔言っては〕いけません。コーカーリカよ、サーリプッタとモッガッラーナにたいし、心を清信させなさい。サーリプッタとモッガッラーナは、博愛なる者たちです」と。
再度また、まさに……略……三度また、まさに、コーカーリカ比丘は、世尊に、こう言いました。「尊き方よ、たとえ、何であれ、わたしにとって、世尊が、信を置ける頼りになる方であるとして、そこで、まさに、サーリプッタとモッガッラーナは、まさしく、悪しき欲求ある者たちであり、諸々の悪しき欲求の支配に赴いた者たちです」と。三度また、世尊は、コーカーリカ比丘に、こう言いました。「コーカーリカよ、まさに、このように〔言っては〕いけません。コーカーリカよ、まさに、このように〔言っては〕いけません。コーカーリカよ、サーリプッタとモッガッラーナにたいし、心を清信させなさい。サーリプッタとモッガッラーナは、博愛なる者たちです」と。
そこで、まさに、コーカーリカ比丘は、坐から立ち上がって、世尊を敬拝して、右回り〔の礼〕を為して、立ち去りました。そして、コーカーリカ比丘が立ち去ったすぐあと、〔彼の〕全身は、芥子粒ほどの諸々の吹出物で充満したものと成りました。芥子粒ほどのものと成って〔そののち〕、緑豆ほどのものと成りました。緑豆ほどのものと成って〔そののち〕、大豆ほどのものと成りました。大豆ほどのものと成って〔そののち〕、棗の核ほどのものと成りました。棗の核ほどのものと成って〔そののち〕、棗ほどのものと成りました。棗ほどのものと成って〔そののち〕、アーマラカ〔の果実〕ほどのものと成りました。アーマラカ〔の果実〕ほどのものと成って〔そののち〕、未熟のベールヴァ〔の果実〕ほどのものと成りました。未熟のベールヴァ〔の果実〕ほどのものと成って〔そののち〕、ビッラ〔の果実〕(パパイヤ)ほどのものと成りました。ビッラ〔の果実〕ほどのものと成って〔そののち〕、破れました。そして、膿が、さらに、血が、流れ出ました。そこで、まさに、コーカーリカ比丘は、まさしく、その病苦によって、命を終えました。そして、命を終えたコーカーリカ比丘は、パドゥマ地獄(紅蓮地獄)に再生しました⸺サーリプッタとモッガッラーナにたいし、心を憤懣させて。
そこで、まさに、梵〔天〕のサハンパティが、夜が更けると、見事な色艶となり、全面あまねくジェータ林を照らして、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊を敬拝して、一方に立ちました。一方に立った、まさに、梵〔天〕のサハンパティは、世尊に、こう言いました。「尊き方よ、コーカーリカ比丘が、命を終えたのです。尊き方よ、そして、命を終えたコーカーリカ比丘が、パドゥマ地獄に再生したのです⸺サーリプッタとモッガッラーナにたいし、心を憤懣させて」と。梵〔天〕のサハンパティは、この〔言葉〕を言いました。この〔言葉〕を言って、世尊を敬拝して、右回り〔の礼〕を為して、まさしく、その場において、消没しました。
そこで、まさに、世尊は、その夜が明けると、比丘たちに告げました。「比丘たちよ、この夜、梵〔天〕のサハンパティが、夜が更けると……略……。比丘たちよ、梵〔天〕のサハンパティは、この〔言葉〕を言いました。この〔言葉〕を言って、わたしに右回り〔の礼〕を為して、まさしく、その場において、消没しました」と。
このように説かれたとき、或るひとりの比丘が、世尊に、こう言いました。「尊き方よ、いったい、まさに、どれだけの長さが、パドゥマ地獄における寿命の量となるのですか」と。「比丘よ、長いのです⸺まさに、パドゥマ地獄における寿命の量は。それは、計測するに為し易くはなく、あるいは、『これなる〔数〕の、年となる』と、あるいは、『これなる〔数〕の、百の年となる』と、あるいは、『これなる〔数〕の、千の年となる』と、あるいは、『これなる〔数〕の、百千の年となる』と、〔計測できないのです〕」と。「尊き方よ、また、諸々の喩えを為すことはできますか」と。「比丘よ、できます」と、世尊は言いました。
「比丘よ、それは、たとえば、また、コーサラ〔国の枡目〕で二十カーリ(重さの単位・一石)の胡麻の積み荷があるとします。その〔胡麻の積み荷〕から、人が、百年が〔経過し〕百年が経過しては、一つ一つの胡麻を取り出すとします。比丘よ、よりすみやかに、まさに、その、コーサラ〔国の枡目〕で二十カーリの胡麻の積み荷は、このやり方によって、完全なる滅尽に〔至り〕、完全なる消尽に至るでしょうが、まさしく、しかし、一つのアッブダ地獄〔の寿命〕は、〔そのようなことは〕ありません。比丘よ、それは、たとえば、また、二十のアッブダ地獄〔の寿命〕があるとして、このように、一つのニラッブダ地獄〔の寿命〕があります。比丘よ、それは、たとえば、また、二十のニラッブダ地獄〔の寿命〕があるとして、このように、一つのアババ地獄〔の寿命〕があります。比丘よ、それは、たとえば、また、二十のアババ地獄〔の寿命〕があるとして、このように、一つのアハハ地獄〔の寿命〕があります。比丘よ、それは、たとえば、また、二十のアハハ地獄〔の寿命〕があるとして、このように、一つのアタタ地獄〔の寿命〕があります。比丘よ、それは、たとえば、また、二十のアタタ地獄〔の寿命〕があるとして、このように、一つのクムダ地獄〔の寿命〕があります。比丘よ、それは、たとえば、また、二十のクムダ地獄〔の寿命〕があるとして、このように、一つのソーガンディカ地獄〔の寿命〕があります。比丘よ、それは、たとえば、また、二十のソーガンディカ地獄〔の寿命〕があるとして、このように、一つのウッパラカ地獄〔の寿命〕があります。比丘よ、それは、たとえば、また、二十のウッパラカ地獄〔の寿命〕があるとして、このように、一つのプンダリーカ地獄〔の寿命〕があります。比丘よ、それは、たとえば、また、二十のプンダリーカ地獄〔の寿命〕があるとして、このように、一つのパドゥマ地獄〔の寿命〕があります。比丘よ、また、まさに、パドゥマ地獄に、コーカーリカ比丘は再生したのです⸺サーリプッタとモッガッラーナにたいし、心を憤懣させて」と。世尊は、この〔言葉〕を言いました。善き至達者は、この〔言葉〕を言って、そこで、他にも、教師は、こう言いました。
まさに、人が生まれたなら、口には斧が生え、それによって、愚者は、自己を断つ⸺悪語(悪口)を話しながら。(1)
彼が、非難するべき者を賞賛するなら、あるいは、その〔人〕が賞賛するべき者であるのに、その〔人〕を非難するなら、彼は、口(言葉)によって、〔悪しき〕賽の目を弁別する(自ら罪過を選び取る)⸺その賽の目によって、安楽を見出すことなく。(2)
この賽の目は、〔その罪悪の報いは〕僅かばかりのもの⸺彼が、諸々の博打において、自己さえも含む一切もろともの財を失うことになるとして。彼が、善き至達者たちにたいし、意を汚すなら(悪意を抱き非難するなら)、この賽の目こそは、より大いなるものとなる。(3)
百千(十万)の三十六のニラッブダ(数の単位・巨大数)〔年〕のあいだ、さらに、五つのアッブダ(数の単位・巨大数)〔年〕のあいだ、〔まさに〕その、〔終わりなき〕地獄に、聖者を難詰する者は近づく⸺悪しき言葉を、そして、〔悪しき〕意を、〔聖者に〕向けて〔そののち〕。(4)
事実ならざることを説く者は、地獄に近づく。あるいは、また、彼が、為して〔そののち〕、さらに、「〔わたしは〕為さない」〔と〕言うなら、〔彼もまた、地獄に近づく〕。両者ともどもに、彼らは、下劣な行為の人間たちとして、死してのち、他所(来世)において、等しき者たちと成る。(5)
彼が、汚れなき人を汚すなら、清浄で穢れなき人を〔穢すなら〕(怒りなき者に怒り、悪意なき者に悪意を抱くなら)、まさしく、その愚者に、悪は戻り来る⸺風に逆らって投げられた微細な塵が、〔投げた者自身に戻り来る〕ように。(6)
彼が、貪欲の対象に束縛された者であるなら、彼は、言葉によって、他者たちを誹謗する⸺信なく、吝嗇で、寛容ならず、物惜〔の思い〕があり、〔他者を〕中傷することに束縛された者として。(7)
口悪しき者よ、〔あるがままの〕事実を離れた聖ならざる者よ、生類を殺す悪しき者よ、悪行を為す者よ、人でなしの〔悪しき〕賽の目よ、劣悪な生まれの者よ、この〔世において〕、多く話してはならない。〔おまえは〕地獄にある者として存している。(8)
〔おまえは〕益なきことのために、塵を撒き散らし、罪障を作る者(罪人)となり、寂静なる者たちを非難する。多くの悪しき行ないを行なって、長夜にわたり、まさに、深淵(地獄)に赴く。(9)
誰のものであれ、〔為した〕行為は、まさに、滅することがない。その〔行為〕は、かならず至り行き、〔行為の〕主が、まさしく、〔その報いを〕得る。罪障を作る愚か者は、他の世において、自己のうちに苦しみを見る。(10)
鉄の杭が打たれた場に、鋭い〔刃の〕切っ先ある鉄の串に、〔彼は〕近づく。そこで、熱せられた鉄の玉に似た食料が、〔彼に〕適切なる、そのとおりのものとして、存在する。(11)
まさに、〔獄卒たちは〕説くときは麗美に説かない。〔優しく〕駆け寄ってこない。救いに近づいてこない。〔地獄に落ちた者たちは〕広げられた炭火のうえに臥し、火が等しく燃え盛るなかに入る。(12)
そして、〔獄卒たちは、地獄に落ちた者たちを〕網で覆って、そこにおいて、諸々の鉄製の槌で打つ。まさしく、漆黒の暗所に、〔地獄に落ちた者たちは〕入って行く。まさに、その〔漆黒の暗所〕は、あたかも、諸々の霧のように広がっている。(13)
そこで、また、火が等しく燃え盛る銅製の釜に入る。まさに、それらの火に等しき〔釜〕のなかで浮きただよい、長夜にわたり煮られる。(14)
そこで、罪障を作る者は、膿と血が混ざり合う〔釜〕のなかで、そこにおいて、何と、煮られるのだ。〔身体を〕臥す、その〔方向〕その方向で、そこにおいて、〔膿と血に〕触れながら、〔膿と血で〕汚される。(15)
罪障を作る者は、蛆虫が住居とする水のなかで、そこにおいて、何と、煮られるのだ。〔外に〕赴こうにも、まさに、縁さえも存在しない。なぜなら、大釜は遍きにわたり、全てが等しくあるからだ。(16)
また、鋭い剣の葉をもつ林に⸺〔地獄に落ちた者たちは〕五体を切り刻まれ、それに入る。〔獄卒たちは〕釣針で舌を収め取って、〔彼らを〕引き裂いては引き裂いて、打つ。(17)
そこで、また、〔彼らは〕ヴェータラニー〔川〕の難所たる鋭い切っ先に、剃刀の切っ先に近づく。悪を為す愚か者たちは、諸々の悪を為して、そこにおいて落ちる。(18)
まさに、そこにおいて、泣き叫んでいる者たちを、黒やまだらの犬たちが、さらに、大烏たちの群れが喰い、野狐(ジャッカル)たちや大鷲たちや鷹たちが、さらに、烏たちが啄む。(19)
すなわち、罪障を作る人が触れる(経験する)、ここ(地獄)での生活は、まさに、これは、苦難である。それゆえに、この〔世において〕、命の残りあるうちは、為すべきことを為す者として存するべきである⸺かつまた、人として、驕り高ぶることなく。(20)
すなわち、パドゥマ地獄に連れて行かれた者たちであるが、彼ら〔の寿命〕は、知者たちによって、積み荷のなかの胡麻〔の数に等しい〕と数えられた。まさに、五つの千万ナフタ(那由他:数の単位・巨大数)〔年〕と成り、さらに、他にも、十二の百千万〔年〕と〔成る〕。(21)
すなわち、ここに説かれた諸々の苦なる地獄があるかぎり、そこにおいてもまた、それまでのあいだ、長きにわたり住さねばならない。それゆえに、清らかで博愛なる善徳の者たちにたいし、常に、言葉と意を遍く守るべきである。ということで⸺(22)
コーカーリカの経が第十となり、〔以上で〕終了となる。
注釈【1】
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