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翻訳【20】

ウダヤ学徒の問い%

かくのごとく、尊者ウダヤが〔言った〕〔世俗の〕塵を離れ〔独り〕端坐する〔真の〕瞑想者たる方に、為すべきことを為した煩悩なき方に、一切の法(事象)の彼岸に至る方に、問い尋ねることを義(目的)として、〔わたしは〕やってまいりました。了知による解脱を、無明の破壊を、〔わたしに〕説いてください」〔と〕(1)

かくのごとく、世尊は〔答えた〕「ウダヤよ、諸々の欲望〔の対象〕にたいする欲〔の思い〕を捨棄すること、さらに、同様に、諸々の失意〔の思い〕を捨棄すること、そして、〔心の〕沈滞を除き去ること、諸々の悔恨〔の思い〕を防ぎ護ること⸺(2)

放捨と気づきという清浄なる〔境地〕〔あるがままの〕(真理)という〔正しい〕考え方を先導とする〔解脱の境地〕〔これらを〕了知による解脱と、無明の破壊と、〔わたしは〕説きます」〔と〕(3)

〔尊者ウダヤが尋ねた〕「いったい、何が、束縛するものとして、世〔の人々〕にあるのですか。いったい、何が、それ(世の人々)にとって、彷徨となるのですか。何を捨棄することで、それにとって、『涅槃』と説かれるのですか」〔と〕(4)

〔世尊は答えた〕「愉悦が、束縛するものとして、世〔の人々〕にあります。思考が、それにとって、彷徨となります。渇愛を捨棄することで、『涅槃』と説かれます」〔と〕(5)

〔尊者ウダヤが尋ねた〕「どのように、〔あるがままに〕行なう、気づきある者の、識知〔作用〕は破却されるのですか。〔わたしたちは〕世尊に尋ねるために、やってまいりました。〔わたしたちは〕あなたの、その言葉を聞きたいのです」〔と〕(6)

〔世尊は答えた〕「かつまた、内も、かつまた、外も、感受〔の結果〕:楽苦の知覚)を愉悦せずにいる者⸺このように、〔あるがままに〕行なう、気づきある者の、識知〔作用〕は破却されます」〔と〕。ということで⸺(7)

ウダヤ学徒の問いが第十三となり、〔以上で〕終了となる。

注釈【0】