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翻訳【11】

シーヴァリ長老の詩偈

それを義(目的)として、小屋に入った〔わたしであるが〕、わたしの、それらの思惟は、〔ついに〕実現した。〔わたしは〕明知と解脱を信受した。〔わたしは〕思量の悪習慢随眠を廃棄した。ということで⸺

……シーヴァリ長老は…。

第六の章は〔以上で〕終了となる。

その〔章〕のための摂頌となる。

〔そこで、詩偈に言う〕「そして、ゴーディカ、そして、スバーフ、ヴァッリヤ、ウッティヤ聖賢、アンジャナ・ヴァニヤ長老、二者のクティ・ヴィハーリン、そして、ラマニーヤ・クティカ、コーサラという呼び名ある者とシーヴァリがあり、〔これらの十者の長老たちがある〕」と。

注釈【2】