翻訳【11】
English
- Bhikkhu Sujato
日本語
- 関西パーリ語実習会 (2023)
Deutsch
- Ekkehard Saß (2000)
- Sabbamitta (2021)
Русский
- Evgenia Evmenenko (2024)
Norsk
- Kåre A. Lie, Tone Gleditsch Stabell (2006)
Việt Ngữ
- Bhikkhu Indacanda (2011)
- Thích Minh Châu
Bahasa Indonesia
- Indra Anggara
සිංහල
- A.P. de Zoysa
पाळिभासा (Pāli)
- Mahāsaṅgīti Tipiṭaka
参照
- Sutta Central
ウパセーナ・ヴァンガンタプッタ長老の詩偈
騒音少なく、〔世俗から〕遠離し、猛々しい獣たちの慣れ親しむ、〔そのような〕臥坐所に、比丘は、慣れ親しむがよい⸺静坐を動機とするがゆえに。
塵芥場から、墓場から、さらに、道々から、〔ぼろ布を〕持ち運んで、それから、大衣を作って、粗末な衣料を〔身に〕保つがよい。
謙虚に意を為して、歩々淡々と、家から家へと、〔感官の〕門が守られ、善く統御された者として、比丘は、〔行乞の〕食のために歩むがよい。
あるいは、たとえ、粗末なものでも、満ち足りているがよい。他に、多くの味を望み求めぬがよい。諸々の味にたいし貪求ある者の意は、瞑想(禅・静慮:禅定の境地)を喜ばない。
まさしく、そして、少なき欲求の者として、〔常に〕満ち足りている者として、遠離している者として、牟尼は住するがよい⸺在家の者たちと、さらに、家なき者たちと、両者ともに交わることなく。
すなわち、まさしく、痴者であるかのように、まさしく、唖者であるかのように、そのように、自己を見せるがよい。賢者は、僧団の中において、限度を超えて語らぬがよい。
彼は、誰であろうと、批判せぬがよい。害することを避けるがよい。戒条(波羅提木叉:戒律条項)において統御された者として、さらに、食について量を知る者として、存するがよい。
形相(瞑想対象)を善く収め取った者として、心の生起を熟知する者として、存するがよい。〔心の〕止寂(奢摩他・止)に専念するがよい。そして、〔正しい〕時に、〔心の〕観察(毘鉢舎那・観)に〔専念するがよい〕。
精進の常久を成就した者(不退転の修行者)として、〔心の〕制止(瑜伽)に専念する者として、常に存するがよい。そして、賢者は、苦しみの終極を得ずして、信頼〔の思い〕に至らぬがよい(油断は禁物である)。
このように〔世に〕住んでいる〔比丘〕の、清浄〔の境地〕を欲する比丘の、一切の煩悩は滅尽し、そして、〔彼は〕寂滅〔の境処〕に到達する。ということで⸺
……ウパセーナ・ヴァンガンタプッタ長老は…。
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ウパセーナ・ヴァンガンタプッタ長老の詩偈
注釈【1】
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