〔盗賊が尋ねた〕「あるいは、祭祀を義(目的)として、あるいは、財産を義(目的)として、かつて、わたしたちが殺すところの、それらの者たちであるが、〔彼らは〕動揺し、かつまた、悲嘆し、〔後に〕残すものとして、恐怖〔の思い〕が有る。
〔まさに〕その、おまえには、恐怖することが存在しない。〔それどころか〕より一層、色艶は清まる。何ゆえに、このような形態の大いなる恐怖にたいし、〔おまえは〕嘆き悲しまないのか」〔と〕。
〔長老は答えた〕「頭目よ、期待なき者に、心の苦しみは存在しない。まさに、束縛するものが滅尽した者にとって、一切の恐怖は超え行かれたのだ。
〔迷いの〕生存に導くもの(煩悩)が滅尽し、真実のとおりに法(事象)が見られたとき、死にたいし、恐怖は有ることなくある⸺あたかも、重荷を置き去りにするときのように。
わたしによって、梵行は善く歩まれ、さらに、また、道は善く修められた。死にたいし、わたしに、恐怖は存在しない⸺諸々の病の消滅あるときのように。
わたしによって、梵行は善く歩まれ、さらに、また、道は善く修められた。諸々の生存は、悦楽なきものと見られた。毒は、飲んで、捨て放たれた。
彼岸に至り、執取〔の思い〕なく、為すべきことを為した、煩悩なき者は、寿命の滅尽あることから、〔常に〕満ち足りている者として〔世に〕有る⸺刑場から解き放たれた者のように。
最上の法(真理)たることに至り得た者は、一切の世について義(目的)なき者となり、死について憂い悲しまない⸺燃えている家から解き放たれた者のように。
『それが何であれ、集いあつまったもの(因縁によって形成されたもの)として存在するなら、あるいは、そこにおいて、〔迷いの〕生存が得られるなら、この一切は、主権なきものである(自由にならない他律的な存在である)』〔と〕、かくのごとく、偉大なる聖賢によって説かれた。
覚者によって説示された、そのとおりに、彼が、それを、そのとおりに覚知するなら、〔彼は〕何であれ、〔迷いの〕生存を掴まない⸺熱く熱せられた鉄の玉を〔掴まない〕ように。
わたしに、『〔わたしは〕有った』という〔思い〕は有ることなくある。わたしに、『〔わたしは〕有るであろう』という〔思い〕は有ることなくある。諸々の形成〔作用〕(行:生の輪廻を施設し造作する働き)は〔いずれ〕離れ去るであろう。そこにおいて、何の嘆きがあるというのだろう。
単なる法(事象)の生起を、単なる形成〔作用〕の相続を、事実のとおりに見ている者に、頭目よ、恐怖は有ることなくある。
世〔のあり様〕を、草や薪に等しきものと、智慧によって見る、そのとき、彼は、〔自らの心中に〕我執〔の思い〕を見出すことなく、『わたしには、〔何も〕存在しない』と憂い悲しまない。
〔わたしは〕肉体を嫌悪する。〔わたしは〕生存に義(目的)なき者として存在する。〔まさに〕その、この身体は、〔いずれ〕朽ち果てるであろう。そして、他〔の身体〕は有ることなくあるであろう。
それが、あなたたちにとって、〔わたしの〕肉体によって為すべきことであり、〔あなたたちが〕それを求めるなら、〔あなたたちは〕それを為しなさい。わたしには、それを縁として、そこにおいて、憤怒〔の思い〕も、かつまた、愛情〔の思い〕も、有ることなくあるであろう」〔と〕。
彼の、未曾有にして身の毛のよだつ、その言葉を聞いて、若き〔盗賊〕たちは、諸々の刃を置いて、このことを説いた。
〔盗賊が尋ねた〕「幸甚なる方よ、何を為して、あるいは、誰があなたの師匠であり、誰の教えを縁として、その〔教え〕を〔為して〕、憂いなき〔境地〕は得られるのですか」〔と〕。
〔長老は答えた〕「一切を知り、一切を見る、勝者が、わたしの師匠である。偉大なる慈悲ある教師が、一切の世の医師が、〔わたしの師匠である〕。
彼によって説示された、この法(真理)は、滅尽に至るものであり、無上なるものである。彼の教えを縁として、その〔教え〕を〔為して〕、憂いなき〔境地〕は得られる」〔と〕。
聖賢の見事に語られた〔言葉〕を聞いて、盗賊たちは、そして、諸々の刃を置いて、さらに、諸々の武器を〔置いて〕、そして、或る者たちは、その〔盗賊の〕生業から離れ、さらに、或る者たちは、出家することを選んだ。
彼らは、善き至達者の教えにおいて出家して、〔七つの〕覚りの支分と〔五つの〕力を修めて、賢者たちとなり、勇躍する心の者たちとなり、悦意の者たちとなり、〔感官の〕機能〔の統御〕を為し、形成されたものではない(無為)涅槃の境処を体得した。ということで⸺
……アディムッタ長老は…。
注釈【1】
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