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翻訳【12】

ヤサダッタ長老の詩偈

咎め立ての心ある、思慮浅き者は、勝者(ブッダ)の教えを聞くも、正なる法(教え)から遠く離れて有る⸺地が、天空から〔遠く離れて有る〕ように。

咎め立ての心ある、思慮浅き者は、勝者の教えを聞くも、正なる法(教え)から遍く衰退する⸺黒分(月が欠ける期間)における月のように。

咎め立ての心ある、思慮浅き者は、勝者の教えを聞くも、正なる法(教え)において遍く干上がる⸺あたかも、水少なきところの魚のように。

咎め立ての心ある、思慮浅き者は、勝者の教えを聞くも、正なる法(教え)において成長しない⸺田畑のなかの腐った種のように。

しかしながら、彼が、〔足ることを知る〕満ち足りた心で、勝者の教えを聞くなら、〔彼は〕一切の煩悩を投棄して、不動〔の境地〕を実証して、最高の寂静に至り得て、煩悩なき者となり、完全なる涅槃に到達する。ということで⸺

……ヤサダッタ長老は…。

注釈【0】