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翻訳【13】

ブラフマダッタ長老の詩偈

忿激〔の思い〕なく、〔自己が〕調御され、平等の生ある者に、どうして、忿激〔の思い〕があるというのだろう⸺正しい了知による解脱者にして寂静者たる、そのような者に。

すなわち、忿激した者に忿激し返すなら、それによって、まさしく、彼に、より悪しきことがある。忿激した者に忿激し返さずにいる者は、勝利し難き戦いに勝利する。

他者が激怒したのを知って、すなわち、気づきある者となり、〔怒り返さずに〕止み静まっているなら、かつまた、自己の、かつまた、他者の、両者の義(利益)を行なう。

かつまた、自己の、かつまた、他者の、両者のために癒している者を、彼のことを、〔世の〕人たちは、「愚者である」と思いなす⸺すなわち、法(真理)の熟知者ならざる者たちは。

それで、もし、あなたに、忿激〔の思い〕が生起するなら、鋸の喩えを思案せよ。もし、味にたいし、渇愛〔の思い〕が生起するなら、子の肉の喩えを思念せよ。

それで、もし、おまえの心が、そして、諸々の欲望〔の対象〕にたいし、さらに、諸々の〔迷いの〕生存にたいし、走り行くなら、気づきによって、すみやかに制御せよ⸺穀物を食べる悪しき家畜を〔制御する〕ように。ということで⸺

……ブラフマダッタ長老は…。

注釈【1】