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翻訳【15】

シーハー長老尼の詩偈

根源のままならずに意を為すこと非如理作意から、欲望〔の対象〕にたいする貪り〔の思い〕に苦悩する〔わたし〕は、過去において、〔心が〕高揚している者として〔世に〕有った⸺心において自在の転起なき者として。

諸々の〔心の〕汚れ煩悩に遍く取り囲まれ、浄美の表象:概念・心象)に従い転じ行く〔わたし〕は、心の静かさを得なかった⸺貪りの心の支配に従い行く者として。

痩せ細り、青ざめ、そして、色艶は衰え、七年のあいだ、わたしは〔道を〕歩んだ(放浪した)。わたしは、昼であろうと、夜であろうと、極めて苦しみ、安楽を知らなかった。

そののち、〔わたしは〕縄を掴んで、林の中に入った。「そして、すなわち、下劣なところをふたたび歩むなら、ここで〔首を〕吊るのが、わたしにとって優れている」〔と〕

〔わたしは〕堅固な〔死の〕罠を作って、木の枝に縛って、首に〔その〕罠を置いた。そこで、わたしの心は解脱した。ということで⸺

……シーハー長老尼は……。

注釈【1】