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翻訳【15】

ウパチャーラー長老尼の詩偈

気づきある者として、眼ある者として、〔感官の〕機能を修めた比丘尼として、〔わたしは〕寂静の境処を理解した⸺俗人の慣れ親しむところならざる〔寂静の境処〕を。

〔悪魔が言った〕「いったい、どうして、〔あなたは〕生を喜ばないのですか。〔世に〕生まれた者は、諸々の欲望〔の対象〕を享受します。諸々の欲望の歓楽を享受しなさい。のちに悩み苦しむ者と成ってはいけません」〔と〕

〔長老尼は言った〕「生まれた者には、死が有る。〔両の〕手足の切断〔という恐れ〕〔有る〕。殴打と結縛と遍き〔心の〕汚れが〔有る〕。生まれた者は、苦を受ける。

釈迦〔族〕の家に生まれた正覚者が、〔一切に〕敗れることなき方が、〔世に〕存在する。彼は、わたしに、法(真理)を説示した。生の超越〔という法〕を⸺

〔すなわち〕苦しみを、苦しみの生起を、そして、苦しみの超越を、さらに、苦しみの寂止に至る、聖なる八つの支分ある道を。

彼の言葉を聞いて、わたしは、〔覚者の〕教えを喜ぶ者として〔世に〕住んだ。三つの明知は獲得され、覚者の教えは為された。

一切所において、喜び〔の思い〕は打破され、闇の塊は破られた。パーピマント(悪魔)よ、このように知りなさい。死神よ、おまえは存している⸺打ち倒された者として」〔と〕。ということで⸺

……ウパチャーラー長老尼は……。

七なるものの集まりは〔以上で〕終了となる。

注釈【1】