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翻訳【19】

大仰な者の経

このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、ウルヴェーラーに住んでおられます。ネーランジャラー川の岸辺のアジャパーラ・ニグローダ〔樹の根元〕において、最初に現正覚した者として。また、まさに、その時点にあって、世尊は、七日のあいだ、一つの結跏で坐った状態でおられます。解脱の安楽の得知者として。そこで、まさに、世尊は、その七日が経過して、その禅定から出起しました。

そこで、まさに、或るひとりの〔尊大で〕大仰な生まれの婆羅門が、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊を相手に共に挨拶しました。共に挨拶し記憶されるべき話を交わして、一方に立ちました。一方に立った、まさに、その婆羅門は、世尊に、こう言いました。「貴君ゴータマよ、いったい、まさに、どのようなことから、〔人は〕婆羅門と成るのですか。また、そして、どのようなものが、〔人を〕婆羅門に作り為す諸々の法(性質)なのですか」と。

そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を見出して、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。

「その婆羅門が、悪しき法(性質)を拒み、〔尊大で〕大仰な者ではなく、〔心に〕濁りなく、自己を制した者であるなら、知の終極に至る、梵行(禁欲清浄行)の完成者であり、彼は、法(真理)によって、梵の論(最高の言説)を説くであろう⸺彼に、〔貪りや怒りなどの〕諸々の増長〔の思い〕が、世において、どこにも存在しないなら」と。〔以上が〕第四となる。

注釈【1】