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翻訳【17】

ソーナの経

このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、サーヴァッティーに住んでおられます。ジェータ林のアナータピンディカ〔長者〕の林園において。また、まさに、その時点にあって、尊者マハー・カッチャーナは、アヴァンティ〔国〕に住んでいます。クララガハのパヴァッタ山において。また、まさに、その時点にあって、在俗信者のソーナ・クティカンナが、尊者マハー・カッチャーナの奉仕者(世話係・侍者)として〔世に〕有ります。

そこで、まさに、静所に赴き静坐している在俗信者のソーナ・クティカンナに、このような心の思索が浮かびました。「まさに、尊貴なるマハー・カッチャーナが法(教え)を説示する、そのとおり、そのとおりに、このことは、家に居住しながらでは、為し易きことではない⸺絶対的に円満成就した、絶対的に完全なる清浄の、法螺貝の磨きある〔完全無欠の〕梵行を歩むことは。それなら、さあ、わたしは、髪と髭を剃り落として、諸々の黄褐色の衣袈裟をまとって、家から家なきへと出家するのだ」と。

そこで、まさに、在俗信者のソーナ・クティカンナは、尊者マハー・カッチャーナのいるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、尊者マハー・カッチャーナを敬拝して、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、在俗信者のソーナ・クティカンナは、尊者マハー・カッチャーナに、こう言いました。

「尊き方よ、ここに、静所に赴き静坐しているわたしに、このような心の思索が浮かびました。『まさに、尊貴なるマハー・カッチャーナが法(教え)を説示する、そのとおり、そのとおりに、このことは、家に居住しながらでは、為し易きことではない⸺絶対的に円満成就した、絶対的に完全なる清浄の、法螺貝の磨きある〔完全無欠の〕梵行を歩むことは。それなら、さあ、わたしは、髪と髭を剃り落として、諸々の黄褐色の衣をまとって、家から家なきへと出家するのだ』と。尊き方よ、尊貴なるマハー・カッチャーナは、わたしを出家させたまえ」と。

このように説かれたとき、尊者マハー・カッチャーナは、在俗信者のソーナ・クティカンナに、こう言いました。「ソーナよ、為し難きは、まさに、生あるかぎり、〔日に〕一食、〔常に〕独り臥す、梵行です。さあ、ソーナよ、あなたは、まさしく、そこ(家)において、在家者として有り、〔そのように〕存しつつ、覚者たちの教えに専念しなさい⸺相応しい時に〔のみ〕〔日に〕一食、独り臥す、梵行に〔専念するのです〕」と。そこで、まさに、在俗信者のソーナ・クティカンナに有った、その出家の衝動ですが、それは安息しました。

再度また、まさに……略……。再度また、まさに、尊者マハー・カッチャーナは、在俗信者のソーナ・クティカンナに、こう言いました。「ソーナよ、為し難きは、まさに、生あるかぎり、〔日に〕一食、〔常に〕独り臥す、梵行です。さあ、ソーナよ、あなたは、まさしく、そこにおいて、在家者として有り、〔そのように〕存しつつ、覚者たちの教えに専念しなさい⸺相応しい時に〔のみ〕〔日に〕一食、独り臥す、梵行に〔専念するのです〕」と。再度また、まさに、在俗信者のソーナ・クティカンナに有った、その出家の衝動ですが、それは安息しました。

三度また、まさに、静所に赴き静坐している在俗信者のソーナ・クティカンナに、このような心の思索が浮かびました。「まさに、尊貴なるマハー・カッチャーナが法(教え)を説示する、そのとおり、そのとおりに、このことは、家に居住しながらでは、為し易きことではない⸺絶対的に円満成就した、絶対的に完全なる清浄の、法螺貝の磨きある〔完全無欠の〕梵行を歩むことは。それなら、さあ、わたしは、髪と髭を剃り落として、諸々の黄褐色の衣をまとって、家から家なきへと出家するのだ」と。三度また、まさに、在俗信者のソーナ・クティカンナは、尊者マハー・カッチャーナのいるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、尊者マハー・カッチャーナを敬拝して、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、在俗信者のソーナ・クティカンナは、尊者マハー・カッチャーナに、こう言いました。

「尊き方よ、ここに、静所に赴き静坐しているわたしに、このような心の思索が浮かびました。『まさに、尊貴なるマハー・カッチャーナが法(教え)を説示する、そのとおり、そのとおりに、このことは、家に居住しながらでは、為し易きことではない⸺絶対的に円満成就した、絶対的に完全なる清浄の、法螺貝の磨きある〔完全無欠の〕梵行を歩むことは。それなら、さあ、わたしは、髪と髭を剃り落として、諸々の黄褐色の衣をまとって、家から家なきへと出家するのだ』と。尊き方よ、尊貴なるマハー・カッチャーナは、わたしを出家させたまえ」と。

そこで、まさに、尊者マハー・カッチャーナは、在俗信者のソーナ・クティカンナを出家させました。また、まさに、その時点にあって、アヴァンティ〔国〕の南路は、比丘が少なく有り、そこで、まさに、尊者マハー・カッチャーナは、三年が経過して、苦難とともに、困難とともに、そこかしこから十人組の比丘の僧団を集めて、尊者ソーナに〔戒を〕成就させました(具足戒を授けた)

そこで、まさに、雨期を過ごした、静所に赴き静坐している尊者ソーナに、このような心の思索が浮かびました。「まさに、わたしは、彼を、世尊を、面前に見たことがない。さらに、また、わたしは、聞いているだけである⸺『彼は、世尊は、そして、このような方でもあり、さらに、このような方でもある』と。それで、もし、わたしのことを、師父(尊者マハー・カッチャーナ)がお許しになるなら、わたしは、〔世尊のもとに〕赴くのだ。彼と、阿羅漢にして正等覚者たる世尊と会見するために」と。

そこで、まさに、尊者ソーナは、夕刻時に、静坐から出起し、尊者マハー・カッチャーナのいるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、尊者マハー・カッチャーナを敬拝して、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、尊者ソーナは、尊者マハー・カッチャーナに、こう言いました。

「尊き方よ、ここに、静所に赴き静坐しているわたしに、このような心の思索が浮かびました。『まさに、わたしは、彼を、世尊を、面前に見たことがない。さらに、また、わたしは、聞いているだけである⸺「彼は、世尊は、そして、このような方でもあり、さらに、このような方でもある」と。それで、もし、わたしのことを、師父がお許しになるなら、わたしは、〔世尊のもとに〕赴くのだ。彼と、阿羅漢にして正等覚者たる世尊と会見するために』」と。

「ソーナよ、善きかな、善きかな。ソーナよ、あなたは、〔世尊のもとに〕赴きなさい。彼と、阿羅漢にして正等覚者たる世尊と会見するために。ソーナよ、あなたは、彼を、世尊を見るでしょう⸺清信ある方にして清信するべき方を、〔感官の〕機能が寂静となり意図が寂静となった方を、最上の〔身の〕調御と〔心の〕止寂を獲得した方を、〔自己が〕調御され〔感官の門が〕守られ〔感官の〕機能が制された龍たる方を。見て、わたしの言葉でもって、世尊の〔両の〕足に、頭をもって敬拝しなさい。病苦少なく、病悩少なく、軽快の状況にあり、活力があり、平穏の住があるかを尋ねなさい。『尊き方よ、わたしの師父の尊者マハー・カッチャーナは、世尊の〔両の〕足に、頭をもって敬拝し、病苦少なく、病悩少なく、軽快の状況にあり、活力があり、平穏の住があるかを尋ねます』」と。

「尊き方よ、わかりました」と、まさに、尊者ソーナは、尊者マハー・カッチャーナの語ったことを大いに喜んで、随喜して、坐から立ち上がって、尊者マハー・カッチャーナを敬拝して、右回り〔の礼〕を為して、臥坐具をたたんで、鉢と衣料を取って、サーヴァッティーのあるところに、そこへと遊行〔の旅〕に出ました。順次に遊行〔の旅〕を歩みながら、サーヴァッティーにあるジェータ林のアナータピンディカ〔長者〕の林園のあるところに、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊を敬拝して、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、尊者ソーナは、世尊に、こう言いました。「尊き方よ、わたしの師父の尊者マハー・カッチャーナは、世尊の〔両の〕足に、頭をもって敬拝し、病苦少なく、病悩少なく、軽快の状況にあり、活力があり、平穏の住があるかを尋ねます」と。

「比丘よ、どうでしょう、息災ですか。どうでしょう、順調ですか。どうでしょう、疲れ少なく旅路をたどり、かつまた、〔行乞の〕(托鉢)で疲れることなくなく存していますか」と。「世尊よ、息災です。世尊よ、順調です。尊き方よ、かつまた、わたしは、疲れ少なく旅路をたどり、かつまた、〔行乞の〕食で疲れることなく存しています」と。

そこで、まさに、世尊は、尊者アーナンダに告げました。「アーナンダよ、この来客の比丘のために、臥坐具を設置しなさい」と。そこで、まさに、尊者アーナンダに、この〔思い〕が有りました。「まさに、世尊が、その〔比丘〕のために、『アーナンダよ、この来客の比丘のために、臥坐具を設置してあげなさい』と、わたしに命じるなら、世尊は、その比丘と共に、同じ精舎(僧房)に住することを求めている。世尊は、尊者ソーナと共に、同じ精舎に住することを求めている」と。その精舎に⸺世尊が住んでおられる、〔まさに〕その精舎に⸺尊者ソーナのために、〔尊者アーナンダは〕臥坐具を設置しました。

そこで、まさに、世尊は、まさしく、夜の多くを、野外において、坐禅〔瞑想〕のために過ごして、〔両の〕足を洗って、精舎に入りました。まさに、尊者ソーナもまた、まさしく、夜の多くを、野外において、坐禅〔瞑想〕のために過ごして、〔両の〕足を洗って、精舎に入りました。そこで、まさに、世尊は、夜の早朝の時分に起きて、尊者ソーナに要請しました。「比丘よ、語るべき法(教え)が、あなたに明白となれ(あなたに法の朗読を求めます)」と。

「尊き方よ、わかりました」と、まさに、尊者ソーナは、世尊に答えて、アッタカ・ヴァッガ(『スッタニパータ』第四章・義品)の十六〔の経〕を、まさしく、〔それらの〕全てを声唱しました。そこで、まさに、世尊は、尊者ソーナの声唱が終了すると、大いに随喜しました。「比丘よ、善きかな、善きかな。比丘よ、あなたによって、アッタカ・ヴァッガの十六〔の経〕は、善く把握され、善く意が為され、善く保持されました。〔あなたは〕存しています⸺巧みな智ある言葉を具備した者として⸺明瞭で、誤解なく、〔正しく〕(意味)を識知させる〔言葉〕〔具備した者として〕。比丘よ、〔出家して〕何年の者として、あなたは存していますか」と。「世尊よ、わたしは、〔出家して〕一年の者です」と。「比丘よ、また、どうして、あなたは、このように、長きにわたり、〔出家に時間を〕掛けたのですか」と。「尊き方よ、わたしは、長きにわたり、諸々の欲望〔の対象〕のうちに危険患・過患を見てきました。ですが、また、在家の居住は煩雑で、多くの義務があり、多くの用事があるのです」と。

そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を見出して、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。

「世における危険(無常の現実)を見て、依り所なき〔境地〕を法(真理)と知って、聖者は、悪を喜ばない。清らかな者は、悪を喜ばない」と。〔以上が〕第六となる。

注釈【1】