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翻訳【18】

憤懣の調伏の経

「比丘たちよ、十のものがあります。これらの憤懣の調伏(取り除き)です。どのようなものが、十のものなのですか。(1)〔彼は〕わたしに、義(利益)ならざることを行なった。それ(他者の阻止)が、どうして、ここにおいて、得られるというのだろう(他者の行為はどうにもならない)』と、憤懣を取り除きます。(2)〔彼は〕わたしに、義(利益)ならざることを行なう。それが、どうして、ここにおいて、得られるというのだろう』と、憤懣を取り除きます。(3)〔彼は〕わたしに、義(利益)ならざることを行なうであろう。それが、どうして、ここにおいて、得られるというのだろう』と、憤懣を取り除きます。(4)〔彼は〕わたしにとって愛しく意に適う者に、義(利益)ならざることを行なった。……略……(5)(利益)ならざることを行なう。……略……(6)(利益)ならざることを行なうであろう。それが、どうして、ここにおいて、得られるというのだろう』と、憤懣を取り除きます。(7)〔彼は〕わたしにとって愛しくなく意に適わない者に、義(利益)を行なった。……略……(8)(利益)を行なう。……略……(9)(利益)を行なうであろう。それ(他者の阻止)が、どうして、ここにおいて、得られるというのだろう』と、憤懣を取り除きます。(10)さらに、状況なきことについて激情しません。比丘たちよ、まさに、これらの十の憤懣の調伏があります」と。〔以上が〕第十となる。

望みの章が第三となる。

その〔章〕のための摂頌となる。

〔そこで、詩偈に言う〕「望み、棘、好ましいもの、そして、増大があり、ミガサーラーとともに、さらに、三つの法(性質)、そして、烏、ニガンタ、さらに、二つの憤懣があり、〔章となる〕」と。

注釈【0】