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翻訳【17】

劣戒の者の経

「比丘たちよ、(1)劣戒の者にとって、戒が衰滅した者にとって、(2)正しい禅定は、機縁を欠くものと成ります。正しい禅定が存していないとき、正しい禅定が衰滅した者にとって、(3)事実のとおりの知見如実知見:あるがままに知り見ること)は、機縁を欠くものと成ります。事実のとおりの知見が存していないとき、事実のとおりの知見が衰滅した者にとって、(4)厭離と離貪は、機縁を欠くものと成ります。厭離と離貪が存していないとき、厭離と離貪が衰滅した者にとって、(5)解脱の知見は、機縁を欠くものと成ります。比丘たちよ、それは、たとえば、また、枝と葉が衰滅した木のようなものです。その〔木〕の、外皮もまた円満成就に赴かず、樹皮もまた円満成就に赴かず、軟材もまた円満成就に赴かず、硬材もまた円満成就に赴きません。比丘たちよ、まさしく、このように、まさに、劣戒の者にとって、戒が衰滅した者にとって、正しい禅定は、機縁を欠くものと成ります。正しい禅定が存していないとき、正しい禅定が衰滅した者にとって、事実のとおりの知見は、機縁を欠くものと成ります。事実のとおりの知見が存していないとき、事実のとおりの知見が衰滅した者にとって、厭離と離貪は、機縁を欠くものと成ります。厭離と離貪が存していないとき、厭離と離貪が衰滅した者にとって、解脱の知見は、機縁を欠くものと成ります。

比丘たちよ、(1)戒ある者にとって、戒が成就した者にとって、(2)正しい禅定は、機縁が成就したものと成ります。正しい禅定が存しているとき、正しい禅定が成就した者にとって、(3)事実のとおりの知見は、機縁が成就したものと成ります。事実のとおりの知見が存しているとき、事実のとおりの知見が成就した者にとって、(4)厭離と離貪は、機縁が成就したものと成ります。厭離と離貪が存しているとき、厭離と離貪が成就した者にとって、(5)解脱の知見は、機縁が成就したものと成ります。比丘たちよ、それは、たとえば、また、枝と葉が成就した木のようなものです。その〔木〕の、外皮もまた円満成就に赴き、樹皮もまた円満成就に赴き、軟材もまた円満成就に赴き、硬材もまた円満成就に赴きます。比丘たちよ、まさしく、このように、まさに、戒ある者にとって、戒が成就した者にとって、正しい禅定は、機縁が成就したものと成ります。正しい禅定が存しているとき、正しい禅定が成就した者にとって、事実のとおりの知見は、機縁が成就したものと成ります。事実のとおりの知見が存しているとき、事実のとおりの知見が成就した者にとって、厭離と離貪は、機縁が成就したものと成ります。厭離と離貪が存しているとき、厭離と離貪が成就した者にとって、解脱の知見は、機縁が成就したものと成ります」と。〔以上が〕第四となる。

注釈【0】