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翻訳【15】

入定の経

「比丘たちよ、すなわち、諸々の善なる法(性質)において、信が現起されたものとして有るかぎり、それまでは、善ならざるものへの入定は有りません。しかしながら、すなわち、まさに、信が消没したものとして有ることから、信なき〔生き方〕が遍く取り囲んで止住し、そこで、善ならざるものへの入定が有ります。

比丘たちよ、すなわち、諸々の善なる法(性質)において、恥〔の思い〕が現起されたものとして有るかぎり、それまでは、善ならざるものへの入定は有りません。しかしながら、すなわち、まさに、恥〔の思い〕が消没したものとして有ることから、恥〔の思い〕なき〔生き方〕が遍く取り囲んで止住し、そこで、善ならざるものへの入定が有ります。

比丘たちよ、すなわち、諸々の善なる法(性質)において、〔良心の〕咎めが現起されたものとして有るかぎり、それまでは、善ならざるものへの入定は有りません。しかしながら、すなわち、まさに、〔良心の〕咎めが消没したものとして有ることから、〔良心の〕咎めなき〔生き方〕が遍く取り囲んで止住し、そこで、善ならざるものへの入定が有ります。

比丘たちよ、すなわち、諸々の善なる法(性質)において、精進が現起されたものとして有るかぎり、それまでは、善ならざるものへの入定は有りません。しかしながら、すなわち、まさに、精進が消没したものとして有ることから、怠惰が遍く取り囲んで止住し、そこで、善ならざるものへの入定が有ります。

比丘たちよ、すなわち、諸々の善なる法(性質)において、智慧が現起されたものとして有るかぎり、それまでは、善ならざるものへの入定は有りません。しかしながら、すなわち、まさに、智慧が消没したものとして有ることから、智慧浅き〔生き方〕が遍く取り囲んで止住し、そこで、善ならざるものへの入定が有ります」と。〔以上が〕第六となる。

注釈【0】