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翻訳【13】

ダールカンミカの経

このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、ナーティカ〔村〕に住んでおられます。煉瓦作りの居住所において。そこで、まさに、ダールカンミカ家長が、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊を敬拝して、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、ダールカンミカ家長に、世尊は、こう言いました。「家長よ、さて、いったい、あなたの家で、布施は施されますか」と。「尊き方よ、わたしの家で、布施は施されます。そして、それで、まさに、すなわち、それらの比丘たちが、林にある者たちであり、〔行乞の〕施食の者たちであり、糞掃衣の者たちであるなら、あるいは、阿羅漢たちであり、あるいは、阿羅漢道に入定した者たちであるなら、尊き方よ、そのような形態の比丘たちにたいし、わたしによって、布施は施されます」と。

「家長よ、まさに、このことは、知り難いことなのです⸺欲望の享受者たる在家者である、あなたによっては⸺子たちで溢れる臥所に居住し、カーシ産の栴檀を受領し、花飾や香料や塗料を保持し、金や銀を愛用している者によっては⸺『あるいは、これらの者たちは、阿羅漢たちであるのか、あるいは、これらの者たちは、阿羅漢道に入定した者たちであるのか』という、〔このことは〕

家長よ、もし、また、林にある比丘が、〔心が〕高揚し、傲慢となり、軽薄で、駄弁で、言葉が乱れ飛び、気づきが忘却された者として、正知なき者として、〔心が〕定められていない者として、混迷した心の者として、〔感官の〕機能の現じ顕われるままの者(自制なく節操なき者)として、〔世に〕有るなら、このように、彼は、その支分によって非難されるべきです。家長よ、もし、また、林にある比丘が、〔心が〕高揚せず、傲慢とならず、軽薄ならず、駄弁ならず、言葉が乱れ飛ばず、気づきが現起された者として、正知の者として、〔心が〕定められた者として、一境の心の者として、〔感官の〕機能が統御された者として、〔世に〕有るなら、このように、彼は、その支分によって賞賛されるべきです。

家長よ、もし、また、村の外れに住ある比丘が、〔心が〕高揚し……略……このように、彼は、その支分によって非難されるべきです。家長よ、もし、また、村の外れに住ある比丘が、〔心が〕高揚せず……略……このように、彼は、その支分によって賞賛されるべきです。

家長よ、もし、また、〔行乞の〕施食の比丘が、〔心が〕高揚し……略……このように、彼は、その支分によって非難されるべきです。家長よ、もし、また、〔行乞の〕施食の比丘が、〔心が〕高揚せず……略……このように、彼は、その支分によって賞賛されるべきです。

家長よ、もし、また、〔食事に〕招かれる比丘が、〔心が〕高揚し……略……このように、彼は、その支分によって非難されるべきです。家長よ、もし、また、〔食事に〕招かれる比丘が、〔心が〕高揚せず……略……このように、彼は、その支分によって賞賛されるべきです。

家長よ、もし、また、糞掃衣の比丘が、〔心が〕高揚し……略……このように、彼は、その支分によって非難されるべきです。家長よ、もし、また、糞掃衣の比丘が、〔心が〕高揚せず……略……このように、彼は、その支分によって賞賛されるべきです。

家長よ、もし、また、家長の衣料を保持する比丘が、〔心が〕高揚し、傲慢となり、軽薄で、駄弁で、言葉が乱れ飛び、気づきが忘却された者として、正知なき者として、〔心が〕定められていない者として、混迷した心の者として、〔感官の〕機能の現じ顕われるままの者として、〔世に〕有るなら、このように、彼は、その支分によって非難されるべきです。家長よ、もし、また、家長の衣料を保持する比丘が、〔心が〕高揚せず、傲慢とならず、軽薄ならず、駄弁ならず、言葉が乱れ飛ばず、気づきが現起された者として、正知の者として、〔心が〕定められた者として、一境の心の者として、〔感官の〕機能が統御された者として、〔世に〕有るなら、このように、彼は、その支分によって賞賛されるべきです。

家長よ、さあ、あなたは、僧団にたいし、布施を施しなさい。僧団にたいし、あなたが、布施を施していると、心は清信します。〔まさに〕その、あなたは、清信した心の者となり、身体の破壊ののち、死後において、善き境遇に、天上の世に、再生するでしょう」と。「尊き方よ、〔まさに〕この、わたしは、今日以後、僧団にたいし、布施を施します」と。〔以上が〕第五となる。

注釈【0】