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翻訳【20】

第二の貪欲の経

まさに、このことが、世尊によって説かれ、阿羅漢によって説かれ、かくのごとく、わたしは聞きました。

「比丘たちよ、誰であれ、彼の、あるいは、比丘の、あるいは、比丘尼の、貪欲〔の思い〕が捨棄されず、憤怒〔の思い〕が捨棄されず、迷妄〔の思い〕が捨棄されていないなら、比丘たちよ、この者は、『波を有し、波濤を有し、渦を有し、鰐を有し、羅刹を有する、〔輪廻の〕海を超え渡っていない』〔と〕説かれます。比丘たちよ、誰であれ、彼の、あるいは、比丘の、あるいは、比丘尼の、貪欲〔の思い〕が捨棄され、憤怒〔の思い〕が捨棄され、迷妄〔の思い〕が捨棄されたなら、比丘たちよ、この者は、『波を有し、波濤を有し、渦を有し、鰐を有し、羅刹を有する、〔輪廻の〕海を超え渡った。〔海を〕超え渡り、彼岸に至り、〔真の〕婆羅門として、陸に立つ』〔と〕説かれます」と、この義(道理)を、世尊は説きました。そこにおいて、このことは、かくのごとく説かれます。

「彼の、そして、貪欲が、かつまた、憤怒が、さらに、無明が⸺〔それらが〕離貪されたなら、彼は、鰐を有し、羅刹を有し、波の恐怖を有する、この超え難き〔輪廻の〕海を超え渡った。

執着を超え行き、死魔〔の領域〕を捨棄し、依り所なき者は、さらなる生存なきために、苦しみを捨棄した。滅却〔の道〕に至った者は、彼は、量ることに至らない。『〔彼は〕死魔の王を迷わせた』と、〔わたしは〕説く」と。

この義(道理)もまた、世尊によって説かれ、かくのごとく、わたしは聞きました。ということで、〔以上が〕第十となる。

第二の章は〔以上で〕終了となる。

その〔章〕のための摂頌となる。

〔そこで、詩偈に言う〕「功徳(功徳行の基盤)、眼、さらに、諸々の機能、そして、時、二つの行ない(悪しき行ない・善き行ない)、清廉(清廉たること)、沈黙(沈黙たること)、さらに、二つの貪欲があり、ふたたび、章と言い、最上の第二のものと〔説かれる〕」と。

注釈【0】