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翻訳【16】

過去と未来の外なる無我の経

「比丘たちよ、過去と未来の諸々の形態は、無我です。現在のばあいは、また、何の論があるというのでしょう。比丘たちよ、このように見ながら、有聞の聖なる弟子は、過去の諸々の形態について期待なき者と成り、未来の諸々の形態に愉悦せず、現在の諸々の形態の、厭離のために、離貪のために、止滅のために、実践する者と成ります。過去と未来の諸々の音声は……。過去と未来の諸々の臭気は……。過去と未来の諸々の味感は……。過去と未来の諸々の感触は……。過去と未来の諸々の法(意の対象)は、無我です。現在のばあいは、また、何の論があるというのでしょう。比丘たちよ、このように見ながら、有聞の聖なる弟子は、過去の諸々の法(意の対象)について期待なき者と成り、未来の諸々の法(意の対象)に愉悦せず、現在の諸々の法(意の対象)の、厭離のために、離貪のために、止滅のために、実践する者と成ります」と。〔以上が〕第十二となる。

無常の章が第一となる。

その〔章〕のための摂頌となる。

〔そこで、詩偈に言う〕「無常、苦痛、そして、無我、〔これらの〕三つのものがあり、〔それぞれに〕内なるものと外なるものが〔説かれ〕、すなわち、〔過去と未来の〕無常〔等〕によって、三つのものがあり、それぞれに内なるものと外なるものが説かれ、〔章となる〕」と。

注釈【0】