翻訳【20】
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- ইন্দ্রগুপ্ত ভিক্ষু, বঙ্গীস ভিক্ষু, অজিত ভিক্ষু, সীবক ভিক্ষু (2018)
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耕作者の経
サーヴァッティーの因縁となります。また、まさに、その時点にあって、世尊は、比丘たちに、涅槃に関係した法(教え)の講話によって、〔教えを〕見示し、受持させ、激励し、感動させます。そして、それらの比丘たちは、義(意味)あるものと為して、意を為して、心をもって、全てに集中して、耳を傾け、法(教え)を聞きます。
そこで、まさに、悪魔パーピマントに、この〔思い〕が有りました。「この者は、まさに、沙門ゴータマは、比丘たちに、涅槃に関係した法(教え)の講話によって……略……。それなら、さあ、わたしは、沙門ゴータマのいるところに、そこへと近づいて行くのだ⸺〔彼らの〕眼を眩ますために」と。そこで、まさに、悪魔パーピマントは、耕作者の姿に化作して、大いなる鋤を肩に掛けて、長い牛追い用の刺し棒を掴んで、髪を振り乱し、麻布を着衣し、泥にまみれた〔両の〕足で、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊に、こう言いました。「さて、沙門よ、荷牛たちを見たか」と。「パーピマントよ、また、荷牛たちが、おまえにとって、何〔の用〕があるというのだ」と。「沙門よ、まさしく、わたしのものとして、眼があり、わたしのものとして、諸々の形態があり、わたしのものとして、眼の接触と識知〔作用〕と〔認識の〕場所(感官機能の認識領域)がある。沙門よ、どこに赴いて、わたしから解き放たれるというのだ。沙門よ、まさしく、わたしのものとして、耳があり、わたしのものとして、諸々音声があり……略……。沙門よ、まさしく、わたしのものとして、意があり、わたしのものとして、諸々の法(意の対象)があり、わたしのものとして、意の接触と識知〔作用〕と〔認識の〕場所がある。沙門よ、どこに赴いて、わたしから解き放たれるというのだ」と。
「パーピマントよ、まさしく、おまえのものとして、眼があり、おまえのものとして、諸々の形態があり、おまえのものとして、眼の接触と識知〔作用〕と〔認識の〕場所がある。パーピマントよ、しかしながら、すなわち、まさに、眼が存在せず、諸々の形態が存在せず、眼の接触と識知〔作用〕と〔認識の〕場所が存在しないところがあり、パーピマントよ、そこにおいては、おまえの赴く所はない。パーピマントよ、まさしく、おまえのものとして、耳があり、おまえのものとして、諸々の音声があり、おまえのものとして、耳の接触と識知〔作用〕と〔認識の〕場所がある。パーピマントよ、しかしながら、すなわち、まさに、耳が存在せず、諸々の音声が存在せず、耳の接触と識知〔作用〕と〔認識の〕場所が存在しないところがあり、パーピマントよ、そこにおいては、おまえの赴く所はない。パーピマントよ、まさしく、おまえのものとして、鼻があり、おまえのものとして、諸々の臭気があり、おまえのものとして、鼻の接触と識知〔作用〕と〔認識の〕場所がある。パーピマントよ、しかしながら、すなわち、まさに、鼻が存在せず、諸々の臭気が存在せず、鼻の接触と識知〔作用〕と〔認識の〕場所が存在しないところがあり、パーピマントよ、そこにおいては、おまえの赴く所はない。パーピマントよ、まさしく、おまえのものとして、舌があり、おまえのものとして、諸々の味感があり、おまえのものとして、舌の接触と識知〔作用〕と〔認識の〕場所がある。……略……。パーピマントよ、まさしく、おまえのものとして、身があり、おまえのものとして、諸々の感触があり、おまえのものとして、身の接触と識知〔作用〕と〔認識の〕場所がある。……略……。パーピマントよ、まさしく、おまえのものとして、意があり、おまえのものとして、諸々の法(意の対象)があり、おまえのものとして、意の接触と識知〔作用〕と〔認識の〕場所がある。パーピマントよ、しかしながら、すなわち、まさに、意が存在せず、諸々の法(意の対象)が存在せず、意の接触と識知〔作用〕と〔認識の〕場所が存在しないところがあり、パーピマントよ、そこにおいては、おまえの赴く所はない」と。
〔悪魔が、詩偈に言う〕「それを、〔世の人々が〕『これは、わたしのものである』と説き、さらに、それらの者たちが、〔それを〕『わたしのものである』と説く。もし、ここにおいて、おまえの意が存するなら、沙門よ、〔おまえは〕わたしから解き放たれないであろう」と。
〔世尊が、詩偈に言う〕「それを、〔世の人々が『わたしのもの』と〕説くも、それは、わたしにはなく、それらの者たちが、〔それを『わたしのもの』と〕説くも、それらの者たちは、わたしにあらず。パーピマントよ、このように知りなさい。〔おまえは〕わたしの道さえも見ない」と。
そこで、まさに、悪魔パーピマントは……略……まさしく、その場において、消没した、ということです。
翻訳【20】
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注釈【2】
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