読み込み中

翻訳【15】

マニチューラカの経

或る時のことです。世尊は、ラージャガハに住んでおられます。ヴェール林のカランダカ・ニヴァーパにおいて。また、まさに、その時点にあって、王の内宮において着坐し参集している王の衆に、この合間の議論が起こりました。「釈子たる沙門たちに、金や銀は適している。釈子たる沙門たちは、金や銀を受用する。釈子たる沙門たちは、金や銀を納受する」と。

また、まさに、その時点にあって、マニチューラカ村長が、その衆において、坐った状態でいます。そこで、まさに、マニチューラカ村長は、その衆に、こう言いました。「尊貴なる方よ、このように言ってはいけません。釈子たる沙門たちに、金や銀は適していません。釈子たる沙門たちは、金や銀を受用しません。釈子たる沙門たちは、金や銀を納受しません。釈子たる沙門たちは、宝珠や黄金を捨て置いた者たちであり、金や銀を離れ去った者たちです」と。まさに、マニチューラカ村長は、その衆を説得することができました。そこで、まさに、マニチューラカ村長は、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊を敬拝して、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、マニチューラカ村長は、世尊に、こう言いました。「尊き方よ、ここに、王の内宮において着坐し参集している王の衆に、この合間の議論が起こりました。『釈子たる沙門たちに、金や銀は適している。釈子たる沙門たちは、金や銀を受用する。釈子たる沙門たちは、金や銀を納受する』と。尊き方よ、このように説かれたとき、わたしは、その衆に、こう言いました。『尊貴なる方よ、このように言ってはいけません。釈子たる沙門たちに、金や銀は適していません。釈子たる沙門たちは、金や銀を受用しません。釈子たる沙門たちは、金や銀を納受しません。釈子たる沙門たちは、宝珠や黄金を捨て置いた者たちであり、金や銀を離れ去った者たちです』と。尊き方よ、まさに、わたしは、その衆を説得することができました。尊き方よ、どうでしょう、わたしが、このように説き明かしているなら、まさしく、そして、世尊の説いたことを説く者と成りますか。かつまた、世尊を事実ならざることによって誹謗していないですか。さらに、法(教え)を法(教え)のままに説き明かしていますか。さてまた、何であれ、法(真理)を共にする、論への批判があり、難詰されるべき状況がやってくることはないですか」と。

「村長よ、たしかに、あなたが、このように説き明かしているなら、まさしく、そして、わたしの説いたことを説く者として有ります。かつまた、わたしを事実ならざることによって誹謗していません。さらに、法(教え)を法(教え)のままに説き明かしています。さてまた、何であれ、法(真理)を共にする、論への批判があり、難詰されるべき状況がやってくることはありません。村長よ、まさに、釈子たる沙門たちに、金や銀は適していません。釈子たる沙門たちは、金や銀を受用しません。釈子たる沙門たちは、金や銀を納受しません。釈子たる沙門たちは、宝珠や黄金を捨て置いた者たちであり、金や銀を離れ去った者たちです。村長よ、その者に、まさに、金や銀が適しているなら、彼には、五つの欲望の属性もまた適しています。彼に、五つの欲望の属性が適しているなら、村長よ、このことを、『沙門の法(性質)にあらず。釈子の法(性質)にあらず』と、一定して保持するべきです。村長よ、ですが、ともあれ、わたしは、このように説きます。『草は、草を義(目的)とする者によって、遍く探し求められるべきである。木片は、木片を義(目的)とする者によって、遍く探し求められるべきである。荷車は、荷車を義(目的)とする者によって、遍く探し求められるべきである。人は、人を義(目的)とする者によって、遍く探し求められるべきである』〔と〕。村長よ、まさしく、しかし、わたしは、どのような教相によってであれ、『金や銀は、受用されるべきであり、遍く探し求められるべきである』と説きません」と。〔以上が〕第十となる。

注釈【1】