翻訳【17】
English
- Bhikkhu Bodhi (2000)
- Bhikkhu Sujato
繁體字
- 莊春江
日本語
- 関西パーリ語実習会 (2023)
Deutsch
- Dr. Hellmuth Hecker (1993)
- Sabbamitta (2019)
Español
- Isidatta
Русский
- SV theravada.ru (2012)
Norsk
- Kåre A. Lie (2018)
Türkçe
- Ufuk Çakmakçı (2025)
বাংলা
- বঙ্গীস ভিক্ষু, অজিত ভিক্ষু, প্রজ্ঞাদর্শী ভিক্ষু (2018)
Việt Ngữ
- Thích Minh Châu
Bahasa Indonesia
- Indra Anggara
සිංහල
- A.P. de Zoysa
ပြန်သွားရန်
- Pitaka Myanmar Translation
ภาษาไทย
- Siam Rath
पाळिभासा (Pāli)
- Mahāsaṅgīti Tipiṭaka
参照
- Sutta Central
彼岸に至るものの経
サーヴァッティーの因縁となります。「比丘たちよ、八つのものがあります。これらの法(性質)が、修められ、多く為されたなら、此岸から彼岸に至るために等しく転起します。どのようなものが、八つのものなのですか。それは、すなわち、この、正しい見解であり……略……正しい禅定です。比丘たちよ、まさに、これらの八つの法(性質)が、修められ、多く為されたなら、此岸から彼岸に至るために等しく転起します」と。
世尊は、この〔言葉〕を言いました。善き至達者は、この〔言葉〕を言って、そこで、他にも、教師は、こう言いました。
〔そこで、詩偈に言う〕「彼ら、人として彼岸に至る者たち⸺人間たちにおいて、彼らは、僅かである。そこで、この、他の人々は、まさしく、岸辺を走り回っている(迷いの世界を輪廻している)。
しかしながら、彼ら、まさに、正しく告げ知らされた法(教え)において、法(教え)に従い転じ行く者たち⸺彼らは、人として、極めて超え難い死魔の領域を〔超え渡って〕、彼岸に至り行くであろう。
賢者は、黒の法(教え)を捨棄して、白〔の法〕を修めるであろう。家から家なきに至り来て、すなわち、〔世俗の者には〕喜び難きところである、遠離〔の境地〕において⸺
そこにあって、諸々の欲望〔の対象〕を捨棄して、無一物となり、〔真の〕喜びを求めるであろう。賢者は、諸々の心の汚れ(煩悩)から、自己を遍く清めるであろう。
彼らの心が、〔七つの〕正覚の支分(七覚支)において、正しく、善く修められたなら⸺彼らが、〔何も〕執取せずして、執取の放棄に喜びあるなら⸺彼らは、煩悩(漏)が滅尽した光輝ある者たちであり、〔この〕世において、完全なる涅槃に到達した者たちとなる」と。
〔以上が〕第四となる。
翻訳【17】
English
- Bhikkhu Bodhi (2000)
- Bhikkhu Sujato
繁體字
- 莊春江
日本語
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ပြန်သွားရန်
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पाळिभासा (Pāli)
- Mahāsaṅgīti Tipiṭaka
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彼岸に至るものの経
注釈【1】
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