翻訳【17】
English
- Bhikkhu Bodhi (2000)
- Bhikkhu Sujato
繁體字
- 莊春江
日本語
- 関西パーリ語実習会 (2023)
Deutsch
- Dr. Hellmuth Hecker (1993)
- Sabbamitta (2019)
Español
- Anton P. Baron (2014)
Português
- Michael Beisert (2005)
Русский
- SV theravada.ru (2012)
Norsk
- Kåre A. Lie (2018)
বাংলা
- বঙ্গীস ভিক্ষু, অজিত ভিক্ষু, প্রজ্ঞাদর্শী ভিক্ষু (2018)
Việt Ngữ
- Thích Minh Châu
Bahasa Indonesia
- Indra Anggara
සිංහල
- A.P. de Zoysa
ပြန်သွားရန်
- Pitaka Myanmar Translation
ภาษาไทย
- Siam Rath
पाळिभासा (Pāli)
- Mahāsaṅgīti Tipiṭaka
参照
- Sutta Central
「覚りのために」の経
そこで、まさに、或るひとりの比丘が、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。……略……。一方に坐った、まさに、その比丘は、世尊に、こう言いました。
「尊き方よ、『諸々の覚りの支分』『諸々の覚りの支分』と説かれます。尊き方よ、尊き方よ、いったい、まさに、どのようなことから、『諸々の覚りの支分』と説かれるのですか」と。「比丘よ、『〔それらは〕覚りのために等しく転起する』ということで、まさに、それゆえに、『諸々の覚りの支分』と説かれます。ここに、比丘が、遠離に依拠し、離貪に依拠し、止滅に依拠し、放棄に向かわせるものである、気づきという正覚の支分を修めます。……略……。遠離に依拠し、離貪に依拠し、止滅に依拠し、放棄に向かわせるものである、放捨という正覚の支分を修めます。比丘よ、『〔それらは〕覚りのために等しく転起する』ということで、まさに、それゆえに、『諸々の覚りの支分』と説かれます」と。〔以上が〕第一となる。
翻訳【17】
English
- Bhikkhu Bodhi (2000)
- Bhikkhu Sujato
繁體字
- 莊春江
日本語
- 関西パーリ語実習会 (2023)
Deutsch
- Dr. Hellmuth Hecker (1993)
- Sabbamitta (2019)
Español
- Anton P. Baron (2014)
Português
- Michael Beisert (2005)
Русский
- SV theravada.ru (2012)
Norsk
- Kåre A. Lie (2018)
বাংলা
- বঙ্গীস ভিক্ষু, অজিত ভিক্ষু, প্রজ্ঞাদর্শী ভিক্ষু (2018)
Việt Ngữ
- Thích Minh Châu
Bahasa Indonesia
- Indra Anggara
සිංහල
- A.P. de Zoysa
ပြန်သွားရန်
- Pitaka Myanmar Translation
ภาษาไทย
- Siam Rath
पाळिभासा (Pāli)
- Mahāsaṅgīti Tipiṭaka
参照
- Sutta Central
「覚りのために」の経
注釈【0】