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翻訳【11】

マールキャプッタ長老の詩偈

形態:眼の対象)を見て〔そののち〕、愛しい相に意を為していると、気づきは忘却されてしまう。貪染の心ある者は、〔形態を〕感受し、そして、それに固執して止住する。

諸々の形態から発生する、彼の感受:楽苦の知覚)は、無数のものとなり、増え行く。そして、諸々の強欲〔の思い〕〔増え行き〕、さらに、諸々の悩害〔の思い〕〔増え行き〕、彼の心は、打ちのめされる。このように、〔常に〕苦を蓄積している者に、涅槃〔の境処〕は遠く離れている、〔と〕説かれる。

音声:耳の対象)を聞いて〔そののち〕、愛しい相に意を為していると、気づきは忘却されてしまう。貪染の心ある者は、〔音声を〕感受し、そして、それに固執して止住する。

諸々の音声から発生する、彼の感受は、無数のものとなり、増え行く。そして、諸々の強欲〔の思い〕〔増え行き〕、さらに、諸々の悩害〔の思い〕〔増え行き〕、彼の心は、打ちのめされる。このように、〔常に〕苦を蓄積している者に、涅槃〔の境処〕は遠く離れている、〔と〕説かれる。

臭気:鼻の対象)を嗅いで〔そののち〕、愛しい相に意を為していると、気づきは忘却されてしまう。貪染の心ある者は、〔臭気を〕感受し、そして、それに固執して止住する。

諸々の臭気から発生する、彼の感受は、無数のものとなり、増え行く。そして、諸々の強欲〔の思い〕〔増え行き〕、さらに、諸々の悩害〔の思い〕〔増え行き〕、彼の心は、打ちのめされる。このように、〔常に〕苦を蓄積している者に、涅槃〔の境処〕は遠く離れている、〔と〕説かれる。

味感:舌の対象)を享受して〔そののち〕、愛しい相に意を為していると、気づきは忘却されてしまう。貪染の心ある者は、〔味感を〕感受し、そして、それに固執して止住する。

諸々の味感から発生する、彼の感受は、無数のものとなり、増え行く。そして、諸々の強欲〔の思い〕〔増え行き〕、さらに、諸々の悩害〔の思い〕〔増え行き〕、彼の心は、打ちのめされる。このように、〔常に〕苦を蓄積している者に、涅槃〔の境処〕は遠く離れている、〔と〕説かれる。

接触:身の対象)と接触して〔そののち〕、愛しい相に意を為していると、気づきは忘却されてしまう。貪染の心ある者は、〔接触を〕感受し、そして、それに固執して止住する。

諸々の接触から発生する、彼の感受は、無数のものとなり、増え行く。そして、諸々の強欲〔の思い〕〔増え行き〕、さらに、諸々の悩害〔の思い〕〔増え行き〕、彼の心は、打ちのめされる。このように、〔常に〕苦を蓄積している者に、涅槃〔の境処〕は遠く離れている、〔と〕説かれる。

:意の対象)を知って〔そののち〕、愛しい相に意を為していると、気づきは忘却されてしまう。貪染の心ある者は、〔法を〕感受し、そして、それに固執して止住する。

諸々の法(意の対象)から発生する、彼の感受は、無数のものとなり、増え行く。そして、諸々の強欲〔の思い〕〔増え行き〕、さらに、諸々の悩害〔の思い〕〔増え行き〕、彼の心は、打ちのめされる。このように、〔常に〕苦を蓄積している者に、涅槃〔の境処〕は遠く離れている、〔と〕説かれる。

〔常に〕気づいている者は、形態を見て〔そののち〕、彼は、諸々の形態にたいし、〔欲に〕染まらない。心が離貪した者は、〔形態を〕感受するも、そして、それに固執して止住することはない。

すなわち、彼が、形態を〔あるがままに〕見ていると、さらに、また、〔楽苦の〕感受に〔あるがままに〕慣れ親しんでいると、〔為した行為は〕滅尽し、〔もはや〕蓄積されないように、このように、彼は、気づきある者として〔世を〕歩む。このように、〔常に〕苦を蓄積していない者に、涅槃〔の境処〕は現前にある、〔と〕説かれる。

〔常に〕気づいている者は、音声を聞いて〔そののち〕、彼は、諸々の音声にたいし、〔欲に〕染まらない。心が離貪した者は、〔音声を〕感受するも、そして、それに固執して止住することはない。

すなわち、彼が、音声を〔あるがままに〕聞いていると、さらに、また、〔楽苦の〕感受に〔あるがままに〕慣れ親しんでいると、〔為した行為は〕滅尽し、〔もはや〕蓄積されないように、このように、彼は、気づきある者として〔世を〕歩む。このように、〔常に〕苦を蓄積していない者に、涅槃〔の境処〕は現前にある、〔と〕説かれる。

〔常に〕気づいている者は、臭気を嗅いで〔そののち〕、彼は、諸々の臭気にたいし、〔欲に〕染まらない。心が離貪した者は、〔臭気を〕感受するも、そして、それに固執して止住することはない。

すなわち、彼が、臭気を〔あるがままに〕嗅いでいると、さらに、また、〔楽苦の〕感受に〔あるがままに〕慣れ親しんでいると、〔為した行為は〕滅尽し、〔もはや〕蓄積されないように、このように、彼は、気づきある者として〔世を〕歩む。このように、〔常に〕苦を蓄積していない者に、涅槃〔の境処〕は現前にある、〔と〕説かれる。

〔常に〕気づいている者は、味感を享受して〔そののち〕、彼は、諸々の味感にたいし、〔欲に〕染まらない。心が離貪した者は、〔味感を〕感受するも、そして、それに固執して止住することはない。

すなわち、彼が、味感を〔あるがままに〕味わっていると、さらに、また、〔楽苦の〕感受に〔あるがままに〕慣れ親しんでいると、〔為した行為は〕滅尽し、〔もはや〕蓄積されないように、このように、彼は、気づきある者として〔世を〕歩む。このように、〔常に〕苦を蓄積していない者に、涅槃〔の境処〕は現前にある、〔と〕説かれる。

〔常に〕気づいている者は、接触(身の対象)と接触して〔そののち〕、彼は、諸々の接触にたいし、〔欲に〕染まらない。心が離貪した者は、〔接触を〕感受するも、そして、それに固執して止住することはない。

すなわち、彼が、接触と〔あるがままに〕接触していると、さらに、また、〔楽苦の〕感受に〔あるがままに〕慣れ親しんでいると、〔為した行為は〕滅尽し、〔もはや〕蓄積されないように、このように、彼は、気づきある者として〔世を〕歩む。このように、〔常に〕苦を蓄積していない者に、涅槃〔の境処〕は現前にある、〔と〕説かれる。

〔常に〕気づいている者は、法(意の対象)を知って〔そののち〕、彼は、諸々の法(意の対象)にたいし、〔欲に〕染まらない。心が離貪した者は、〔法を〕感受するも、そして、それに固執して止住することはない。

すなわち、彼が、法(意の対象)〔あるがままに〕識知していると、さらに、また、〔楽苦の〕感受に〔あるがままに〕慣れ親しんでいると、〔為した行為は〕滅尽し、〔もはや〕蓄積されないように、このように、彼は、気づきある者として〔世を〕歩む。このように、〔常に〕苦を蓄積していない者に、涅槃〔の境処〕は現前にある、〔と〕説かれる。ということで⸺

……マールキャプッタ長老は…。

注釈【1】