形態(色:眼の対象)を見て〔そののち〕、愛しい相に意を為していると、気づき(念)は忘却されてしまう。貪染の心ある者は、〔形態を〕感受し、そして、それに固執して止住する。
諸々の形態から発生する、彼の感受(受:楽苦の知覚)は、無数のものとなり、増え行く。そして、諸々の強欲〔の思い〕も〔増え行き〕、さらに、諸々の悩害〔の思い〕も〔増え行き〕、彼の心は、打ちのめされる。このように、〔常に〕苦を蓄積している者に、涅槃〔の境処〕は遠く離れている、〔と〕説かれる。
音声(声:耳の対象)を聞いて〔そののち〕、愛しい相に意を為していると、気づきは忘却されてしまう。貪染の心ある者は、〔音声を〕感受し、そして、それに固執して止住する。
諸々の音声から発生する、彼の感受は、無数のものとなり、増え行く。そして、諸々の強欲〔の思い〕も〔増え行き〕、さらに、諸々の悩害〔の思い〕も〔増え行き〕、彼の心は、打ちのめされる。このように、〔常に〕苦を蓄積している者に、涅槃〔の境処〕は遠く離れている、〔と〕説かれる。
臭気(香:鼻の対象)を嗅いで〔そののち〕、愛しい相に意を為していると、気づきは忘却されてしまう。貪染の心ある者は、〔臭気を〕感受し、そして、それに固執して止住する。
諸々の臭気から発生する、彼の感受は、無数のものとなり、増え行く。そして、諸々の強欲〔の思い〕も〔増え行き〕、さらに、諸々の悩害〔の思い〕も〔増え行き〕、彼の心は、打ちのめされる。このように、〔常に〕苦を蓄積している者に、涅槃〔の境処〕は遠く離れている、〔と〕説かれる。
味感(味:舌の対象)を享受して〔そののち〕、愛しい相に意を為していると、気づきは忘却されてしまう。貪染の心ある者は、〔味感を〕感受し、そして、それに固執して止住する。
諸々の味感から発生する、彼の感受は、無数のものとなり、増え行く。そして、諸々の強欲〔の思い〕も〔増え行き〕、さらに、諸々の悩害〔の思い〕も〔増え行き〕、彼の心は、打ちのめされる。このように、〔常に〕苦を蓄積している者に、涅槃〔の境処〕は遠く離れている、〔と〕説かれる。
接触(触:身の対象)と接触して〔そののち〕、愛しい相に意を為していると、気づきは忘却されてしまう。貪染の心ある者は、〔接触を〕感受し、そして、それに固執して止住する。
諸々の接触から発生する、彼の感受は、無数のものとなり、増え行く。そして、諸々の強欲〔の思い〕も〔増え行き〕、さらに、諸々の悩害〔の思い〕も〔増え行き〕、彼の心は、打ちのめされる。このように、〔常に〕苦を蓄積している者に、涅槃〔の境処〕は遠く離れている、〔と〕説かれる。
法(法:意の対象)を知って〔そののち〕、愛しい相に意を為していると、気づきは忘却されてしまう。貪染の心ある者は、〔法を〕感受し、そして、それに固執して止住する。
諸々の法(意の対象)から発生する、彼の感受は、無数のものとなり、増え行く。そして、諸々の強欲〔の思い〕も〔増え行き〕、さらに、諸々の悩害〔の思い〕も〔増え行き〕、彼の心は、打ちのめされる。このように、〔常に〕苦を蓄積している者に、涅槃〔の境処〕は遠く離れている、〔と〕説かれる。
〔常に〕気づいている者は、形態を見て〔そののち〕、彼は、諸々の形態にたいし、〔欲に〕染まらない。心が離貪した者は、〔形態を〕感受するも、そして、それに固執して止住することはない。
すなわち、彼が、形態を〔あるがままに〕見ていると、さらに、また、〔楽苦の〕感受に〔あるがままに〕慣れ親しんでいると、〔為した行為は〕滅尽し、〔もはや〕蓄積されないように、このように、彼は、気づきある者として〔世を〕歩む。このように、〔常に〕苦を蓄積していない者に、涅槃〔の境処〕は現前にある、〔と〕説かれる。
〔常に〕気づいている者は、音声を聞いて〔そののち〕、彼は、諸々の音声にたいし、〔欲に〕染まらない。心が離貪した者は、〔音声を〕感受するも、そして、それに固執して止住することはない。
すなわち、彼が、音声を〔あるがままに〕聞いていると、さらに、また、〔楽苦の〕感受に〔あるがままに〕慣れ親しんでいると、〔為した行為は〕滅尽し、〔もはや〕蓄積されないように、このように、彼は、気づきある者として〔世を〕歩む。このように、〔常に〕苦を蓄積していない者に、涅槃〔の境処〕は現前にある、〔と〕説かれる。
〔常に〕気づいている者は、臭気を嗅いで〔そののち〕、彼は、諸々の臭気にたいし、〔欲に〕染まらない。心が離貪した者は、〔臭気を〕感受するも、そして、それに固執して止住することはない。
すなわち、彼が、臭気を〔あるがままに〕嗅いでいると、さらに、また、〔楽苦の〕感受に〔あるがままに〕慣れ親しんでいると、〔為した行為は〕滅尽し、〔もはや〕蓄積されないように、このように、彼は、気づきある者として〔世を〕歩む。このように、〔常に〕苦を蓄積していない者に、涅槃〔の境処〕は現前にある、〔と〕説かれる。
〔常に〕気づいている者は、味感を享受して〔そののち〕、彼は、諸々の味感にたいし、〔欲に〕染まらない。心が離貪した者は、〔味感を〕感受するも、そして、それに固執して止住することはない。
すなわち、彼が、味感を〔あるがままに〕味わっていると、さらに、また、〔楽苦の〕感受に〔あるがままに〕慣れ親しんでいると、〔為した行為は〕滅尽し、〔もはや〕蓄積されないように、このように、彼は、気づきある者として〔世を〕歩む。このように、〔常に〕苦を蓄積していない者に、涅槃〔の境処〕は現前にある、〔と〕説かれる。
〔常に〕気づいている者は、接触(身の対象)と接触して〔そののち〕、彼は、諸々の接触にたいし、〔欲に〕染まらない。心が離貪した者は、〔接触を〕感受するも、そして、それに固執して止住することはない。
すなわち、彼が、接触と〔あるがままに〕接触していると、さらに、また、〔楽苦の〕感受に〔あるがままに〕慣れ親しんでいると、〔為した行為は〕滅尽し、〔もはや〕蓄積されないように、このように、彼は、気づきある者として〔世を〕歩む。このように、〔常に〕苦を蓄積していない者に、涅槃〔の境処〕は現前にある、〔と〕説かれる。
〔常に〕気づいている者は、法(意の対象)を知って〔そののち〕、彼は、諸々の法(意の対象)にたいし、〔欲に〕染まらない。心が離貪した者は、〔法を〕感受するも、そして、それに固執して止住することはない。
すなわち、彼が、法(意の対象)を〔あるがままに〕識知していると、さらに、また、〔楽苦の〕感受に〔あるがままに〕慣れ親しんでいると、〔為した行為は〕滅尽し、〔もはや〕蓄積されないように、このように、彼は、気づきある者として〔世を〕歩む。このように、〔常に〕苦を蓄積していない者に、涅槃〔の境処〕は現前にある、〔と〕説かれる。ということで⸺
……マールキャプッタ長老は…。
注釈【1】
Русский